第20話 パラディに到着

 私たちは特に何の問題もなく、二日目の午前中には山頂のパラディの町に到着した。

 パラディは二メートルほどの高い石塀に囲まれており、中の様子は伺えない。動物避けなのだろうか。危険なクマとか毒蛇とか色々いるものねえ。

 受付に訪問を伝えると、まずは入口横に設置されている建物に案内される。基本的に町の中は住民の許可がない限り入れないのだと言う。

 応接室のようなところでお茶を出されて一息つく。


「大変申し訳ありませんが、たとえ王女様御一行でもこの町のルールに沿って行動をお願い致します。ただいまデュエル様とイルマ様に報告に向かわせておりますので、少々こちらでお待ち下さい」


 受付の穏やかそうな年配の女性に頭を下げられた。デュエルは私の祖父、イルマは祖母である。


「分かりましたわ。お気になさらず」


 笑顔で応えるとホッとしたように一礼して出て行った。

 正直、今の野性味溢れる小汚い状態で王女と言われても、こちらの方が恥ずかしいのである。


「私も初めて来たけれど、結構大きな町よねえ。イノシシ二匹とウサギ五羽じゃ少なかったかしら?」


 ゾアが表に置いてある獲物を思い少し首を捻った。

 私たちは人間族よりは体も外側は頑丈だし筋力もある方だが、流石に女性なのでイノシシを気軽に背負えるほどではない。今回のイノシシたちも近くの木を伐り出し、簡易的なトロッコのようなものを作りゴロゴロ引っ張って来た。言い訳するわけではないが、山の中では【淑女】という概念は要らない存在なのである。ほんのりと王女がやらなくても良いことじゃなかろうか、という気持ちはあるけども。


「ですが結構大物ですし、喜んで頂けると思いますわ。まあ足りなければ私がこの辺で改めて仕留めて参りますし」


 メメはご機嫌である。

 昨夜、キャンプで夕食をしながら話をしている際に、何故そんなにご機嫌なのか聞いてみたところ、「ここ数年隙あらばマナーの勉強をサボっては、野山で暴れ牛のように好き勝手に動き回っていたエヴリンお嬢様が、表面上はめっきり大人しくなって探しに行く手間も減りましたし、不穏な輩も現れず運動不足でございましたので、久しぶりに運動出来て気分爽快になりましたわ」とのことだった。王女である私に対してひどい言いようだが、まるっと事実なので仕方がない。


 少し待っていると、何人かの足音が聞こえ、ばーん、と扉が開いた。


「おおエヴリンではないか! メメも久しいのう。ん? その子は確かゾアだったか? 昔は小さかったのに大きくなったなあ」

「お祖父様、お久しぶりです」

「まあエヴリンったら年頃だからって猫かぶっちゃってー、このこのー」


 祖父と祖母が陽気に入って来た。原色の花柄模様の開襟シャツに麦わら帽子、白いパンツ姿と何とも派手派手しい。


「デュエルおじい様もイルマおばあ様も、相変わらず美男美女っぷりに驚きますわ。子供の頃とちっとも変わらないんですもの」

「これこれ、年寄りをからかうなゾアや」


 ゾアが言う通り外見の老化が異常に遅い魔族のため、祖父と祖母も六十歳は過ぎているのに、まだどう見ても三十そこそこである。祖母などエルフ族の血が入っているので未だに少女のような可愛らしさだ。


「まあ積もる話はともかく、表のイノシシやウサギはどうした?」


 祖父の問いに手を上げたゾアが、


「はーい、町の皆さんでバーベキューパーティーをしたいと思って、お土産にと通りすがりに狩って来ましたー♪」


 と笑顔で応えた。


「おお、そりゃでかした! イルマ、町長のとこ行って早速パーティーの準備と、解体が上手い奴を何人か集めるよう頼んでくれないか?」

「分かったわ。あとは肉の漬けダレ作りが上手い友だちも呼んで、血抜きしたら早速漬け込まないとね」


 祖母は立ち上がると急いで部屋を出て行った。祖父も笑顔で食べ物乗せるデカいテーブル作らんとなあと立ち上がり、祖母の後を追おうとしてハッと振り返った。


「おっとエヴリン、ゾアやメメも長旅で疲れただろう? とりあえず泥だらけだから私の家で風呂でも入ってくつろいでいてくれ。湯を沸かすように頼んであるから」

「助かるわお祖父様」

「デュエルおじい様ったら最高!」

「お気遣い感謝致します」


 むしろ孫娘よりもバーベキューパーティーの準備の方が嬉しいんじゃなかろうか、というぐらいの極上の笑みを浮かべていた祖父は、やはり父の父親なだけある無駄な美形でオーラをまき散らしていそいそと消えて行った。


「さあ、エヴリンお嬢様もゾア様も、旅の汚れはしっかり私が落とさせて頂きますわ! もちろんネイサン様もですわよ。不潔なのはいけません。……ところで、デュエル様のお屋敷はどちらなのでしょう?」

「……やだお祖父様ったら、そういうこと全く教えてくれてないじゃない」

「まあ受付の方に聞いたら教えてくれるでしょ。私も早く汚れ落として、少しふかふかベッドでお昼寝したいわー」


 受付の女性に案内されて到着した屋敷はこじんまりしたもので、お手伝いとしてたまに手伝っている女性以外は基本祖父母二人で生活しているらしい。

 ゲストルームは二部屋あったので私とゾア、メメで別れる。

 掃除をしてくれていた方にお礼を言い、荷物から着替えを取り出すと早速お風呂である。お風呂は温泉を引いているとかで、筋肉痛や肩こりなどに効果があるらしい。


「……ふう。気持ちいいわねえ。でもメメ、疲れたのかしら、お湯に浸かってたら既に眠くて目が開けられなくなってきたわぁ……」

「同じくー……」

「エヴリンお嬢様、ゾア様、寝たらダメです! 今ネイサン様の泡を流しますから、お待ち下さい! 寝たら湯舟で溺れますわ」

『メメよ、ワシは適当でエエから……』

「三度目でようやく泡立ったお体のくせに、適当でいいとか言わないで下さいまし。全く、グレン様も洗い方が雑ですわね」

『んぎゃっ、脇は、脇は感じやすいんじゃからそっと洗ってくれえ』

「グレン様にもそんなこと仰ってるから洗いが甘いんですわよ」


 暴れるネイサンをガッシリと捉えてわしゃわしゃと揉み上げているメメを眺めながら、私は睡魔で気が遠くなるのを必死に耐えていた。

 恋のためとは言いながら、武者修行みたいねえ私も。

 解決策が分かれば良いのだけど……。

 マリエルのご両親、エランド&テッサ夫妻に早く会わねば。

 それにしても、眠いわ……。




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