第4話 【グレン視点】決意

【グレン視点】


「おいグレン」

「……ん? キアルか。どうした」

「どうした、じゃねえよ。どうしたんだよボーっとしやがって」

「ボーっとしてたか? 悪かった」

「いつも夜勤の時は元気なのに最近おかしいぞ」

「ほら……とうとうだな、と思って」

「何がだよ?」

「──エヴリン姫が十七歳になったじゃないか」

「あー、そうだな。……んで?」


 俺はムッとした。


「んで? とは何だよ。竜族の女性の結婚適齢期じゃないか。いや正式には来年だけど」

「いや、それは知ってるよ。だからそれがどうかしたのか?」

「聞いてたのか今の話を? エヴリン姫が適齢期ってことは、誰か婿になる奴が現れるってことだ」

「それって俺らの仕事に何か関係あるか?」

「……いや、ないが」

「そういやお前も十九歳になったんだっけか。吸血鬼の一族って男の適齢期いつまでだっけ?」

「十八歳から四十歳だ」

「長いなー。ああ、だからのんびりしてるんだなまだ相手も探さずに。俺は二十歳から三十歳までだぞ。もう嫁は決まっているからいいが」

「ゾアか。彼女はエルフ族だからえーと……」

「十八歳から三十三歳までだ」

「そうだ。十五年もあるだろう? 竜族のエヴリン姫なんて十八歳から二十五歳のたった七年間だぞ?」

「短いよなあ。だけど王族で上級魔族だし、一人娘だから早く結婚して子供作らないとだよな」

「そうだ。だから困るんだ」

「何でグレンが困るんだよ?」

「ここしばらく争いごとがない」

「──は?」

「立派に働いて功績を上げることもできない」

「お前出世したかったの?」

「違う。いや、出世したいというか、認められたいというかだな」

「……もしかしてエヴリン姫と婚姻をするためか?」

「俺は中級魔族だし、少しでも出来る男アピールをしないとそもそも申し込みをする権利もない」

「ほー……お前がエヴリン姫を好きだったとはな」


 呆気に取られていたキアルが笑い出した。


「何がおかしい?」

「いや、確かに俺たち幼馴染みで一緒に遊ばせて頂いたけどよ、エヴリン姫って見た目は綺麗だし儚げで上品な感じだけど、剣を持たせたら男顔負けだし、木登りだって俺は勝ったことねえし、ぶっちゃけ男友だちみたいな感じじゃなかったか?」

「何を言う。あのたおやかな姿なのに逞しいところが惚れ惚れするじゃないか。か弱いだけでなく自衛出来る力もあるし、自分の考えもしっかり持っているところが、昔から好ましいと思っている」

「女性らしさは感じたことがないがな俺は」

「何故だ、可愛らしいだろう? あの負けず嫌いで俺たちに隠れてコソコソと自己鍛錬するところとか、美味しそうに食事を頬張っている時の笑顔とか、どこもかしこも可愛いしか見当たらないじゃないか」


 キアルが少し同情の眼差しを向けて来た。


「グレン、お前と俺の女性の価値観が違うのはまあ良い。だが、殊勲を上げたところで、お前は吸血鬼族だぞ? 成人して昼間の活動が難しい状態だってのに、姫さまの夫になれるのか? 次期国王ってことだぞ?」

「…………」

「その前に、いくら昔馴染みとは言え、エヴリン姫がグレンのことを異性として好きかどうかも分からないんだろ?」

「まあそうなんだが……」

「確かめてみたらどうだ? まあ昼間の執務については今後努力する方向で頑張るとかして、とりあえずは相手の気持ちだろう?」

「姫に直接なんて無理だろう。万が一聞けたとしても、結婚したいほど好きじゃないと言われたら、生きる気力がなくなる」

「そんときゃ別の気力を見つけろよ。まず相手の好意を探る。まんざらでもないようなら、正式に釣り書き出して婚約の方向に動く。まあ子供の頃から付き合いもあるんだし、グレンに良くまとわりついてたから嫌われてはいないと思うが」

「そう思うか?」

「いや、俺の予想だからなこれはあくまでも。成長したら女性は変わるって言うし……だから買ったばかりのアイスを落とした子供みたいな顔をするなよ、情けない」


 俺はキアルに説教をされながらも、確かに彼女の気持ちを確かめてはいなかったと考えていた。

 俺は大柄だったため周囲を威圧しないよう、子供の頃から口数を少なく乱暴な言動をしないよう常に気をつけていた。まあ一番はエヴリンに嫌われたくなかったからだったが。

 幸いにも彼女がグレン、グレン、となついて一緒に遊んでくれたのだが、成長するにつれその機会も減ってしまった。王族女性としてのマナーなどを学習するためだ。俺も騎士団に勤めることになったので、今はたまに王宮内ですれ違う時に会釈するぐらいである。悲しい。

 だが、もうそんな彼女も十七歳だ。考えたくもないが、今すぐ婚約する相手が見つかれば最速で十八歳で結婚してしまう。竜族の女性の出産可能な期間は七年間しかないからだ。

 あのエヴリン以外大事なものはないと言い切るローゼン国王も、渋々でも結婚相手は探さねばならないだろう。


 ただキアルが言う通り、俺は種族の特性で昼間は猛烈な眠気に襲われてしまうし、逆に夜は眠ろうとしても眠れない。

 昔の太陽光が生命の危機だった頃の名残ではあるが、こればかりはどうにもならない。一度昼間に起きていようと頑張ったのだが、朝日が出てから一、二時間後からの記憶はなく、気がつけば夕方だった。それもパンツ一枚で床に寝ていた。自分の努力でどうにかなるレベルではないとその時に悟ったのだ。


 果たしてこんな自分にエヴリンに結婚を申し込める資格があるのか、と考えるとかなり落ち込む。

 が、彼女の気持ちを確かめるには縁談を持ち込むのが一番手っ取り早いのは確かだ。自分の国の姫に気持ちを確かめるなど、いくら幼馴染みとは言え立場的に難しい。

 それでもし、エヴリンが俺のことを幼馴染み以上の感情がなかったら縁談も断られるだろうし、その時はすっぱりと諦めて、独身のまま騎士団を勤め上げてパラディで余生を過ごそう。下には二人弟もいるし、まあ家のことは心配ないだろう。

 そう思うと、少し勇気が湧いた。


「……エヴリン姫に縁談を持ち込むしかないか」


 俺がそう心を固めた時、ローゼン国王から思いもよらぬ発表がなされた。




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