第19話 君は、この世界に筋書きが存在していると言うのか?(エドモント視点)

 一方その頃、エドモントはエマの病室を訪ねていた。


 正直、気は進まないのだが、エマに対しては不可解な点が多くみられる為、調査ついでに、彼女からも情報を聞き出している。


 話をしてみると、エマは素直な性格で、人を疑う事を知らないような純粋さも見て取れた。

 作法こそ滅茶苦茶だが、それを許せてしまえるような愛嬌もあり、一部の貴族からは、エドモントを助けた事その行いを含めて、かなり印象が良いらしい。


 それだけに、何故レイラに対してあれほどの敵意を向けているのか。

 エドモントは不思議でならなかった。


「レフェーブル嬢、君宛の手紙が届いていた。」

「ありがとうエド!」


 差し出した数枚の封書を、エマが嬉しそうに受け取ろうと手を伸ばした所で、エドモントは封書を持つ手を振り上げてエマから遠ざける。


 因みに愛称呼びは許していないが、言っても聞かないので諦めた。


「これら全て、反エドモント派私に反感を持つ貴族の家からのようだけれど、中身は何だい?」


 そう聞いて見るが、中身は既に検閲済み。

 中身はドートリシュ家の行った不正の証拠や、レイラが学園で起こした不祥事の記録などが入っていると報告を受けている。


 毎度、エマ宛の手紙をエドモントが運んできている事には何ら疑いを持っていないらしい。

 エマはいつでも正直にその内容を教えてくれる。


「嫌だなぁ、エドってば。私を疑ってるの? それはエドを貶めるようなものじゃないですよ。私、王室の派閥なんて知らないし。学園の友人達からの手紙です。」

「……質問に答えてくれないか?」

「ふふっ。私は疑り深いエドも好きですよ。それは、レイラ様が学園で私を虐めていた記録です。沢山の方が証人となってくれたし、証拠なども送ってくれたんです。ほら、エドってば全然信じてくれなかったでしょ?」

「それだけか?」

「あと、レイラ様のお父さんが悪い事をしていた証拠もありますよ。善人ぶっているけれど、親子そろってとんでもない人たちですよね。認めてくれないから、証拠を突きつけてやろうと思って!!」


 今回も、嘘をつく気配はまるでなく、むしろその行動に誇りすら感じられる物言い。


( そういえば、以前から、まるでそれが正義であるかのようにドートリシュ嬢を貶していたな……)


「何故、そうまでしてドートリシュ嬢にこだわるんだ? 君は何を考えている?」

「そんなの、エドの事を一番に考えているに決まっているじゃないですか。私は、エドの未来の為に頑張っているんですよ。」

「私の未来……? 君は、私が将来何を望むのかを知っているというのか?」

「当たり前じゃないですか。エドはこの国の国王となり、ラルック国を世界一平和で立派な国にするんです。誰からも愛される国王になりますよ。」

「……根拠は?」

「そういうシナリオだからです。」

「シナリオ…前にもそんな事を言っていたな。それはいったい何なんだ?」

「あら、エド。シナリオとは、筋書きの事ですよ。」


 知らないんですか? とエマがほほ笑むが、流石にシナリオの意味そんな事は知っている。

 だが、それは書物や劇といった、創作物にある物であって、現実にエドモントが国王になるシナリオがあるのだとしたら、それはもはや予言書だ。


「そうではなく、君は、この世界に筋書きが存在していると言うのか?」

「そうですよ。ラルック国の未来は、エドが素晴らしい国にするって決まっているんですから。他の人間なんて所詮、そのために動く駒でしかないんですよ。だけど、筋書きを知ってるくせに、その通りに動いていない人間がいるんです。それがレイラ様。思ったんですけど、このままだとエドが王様になれないって事もあるかもしれないですよ?」

「さっぱり意味が分からないのだが? 私が王位を継承することと、ドートリシュ嬢に、何の関係がある?」

「そんな事は私にだって分かりません。だけど、レイラ様が居る限りエドは幸せになれない。だから、私がレイラ様をやっつけてあげるんです。それが、エドの為だから!」


 何度聞いても意味が分からない。

 しかも、エマ当の本人が、理屈は分からないというのだから話にならない。


「私には、ドートリシュ嬢が、君の言うような危険因子には到底思えない。」

「ほら、それです。エドはレイラ様の事、好きになっちゃってますよね?」

「私が……彼女を好いている……だと?」


 レイラの事は、聡明な人物だとは思う。

 彼女が婚約者となってくれたのなら、この先の未来を真剣に話し合える良きパートナーになれるのではないかとも。


( 確かに、 拒否されたのは確かに残念だったな……。)


「今、レイラ様の事考えたでしょ? それが駄目なんです。エドはレイラ様を嫌わないといけないんですよ。レイラ様がエドのお嫁さんになったりしたら、ラルック国は終わりですからね。」

「では、君ならばこの国を、私の理想とする国へ導く手伝いが出来ると言うのかな?」

「勿論です。私とエドが、試練を乗り越えた先で真実の愛を育めば、この国は安泰なんですから。」

「そういうシナリオなのか?」

「はい!」


 エマが意気揚々とシナリオについて教えてくれる。

 曰く、シナリオのラストはこう結ばれるらしい。


 ――― こうしてエマ(私)は、数々の試練の先でエド愛する人と結ばれ、ラルック国という世界一平和で立派な国の国母となりました。

 真実の愛を知った2人の確かな目で見守る国は、いつまでも慈愛に満ち溢れた素晴らしい国となることでしょう。


「ですから、エドは何も心配しないでください。私が絶対にレイラ様を倒してエドとこの国の未来を守りますから!」

「……全く話にならないな。」


 話を聞く限り、予言と言うほど具体的な物でもないらしい。


( 見守るだけで世界が平和になるのなら世話ないんだがな……しかも、真実の愛を知った2人の確かな目とは…何だ?)


 今時その辺の底辺作家ですらもう少しマシなエンディングを考えそうだと、頭が痛くなってくる。


( ドートリシュ嬢は、こんなモノとずっと付き合っていたのか……)


「エド?」

「あー…レフェーブル嬢。例えば君の言う通りのシナリオが存在していたとしよう。だとしてもだ、君に守ってもらわなくても、私は危機を脱出できる。」

「本当に? でもエドは殺されかけたんですよ? 私が守らなかったらエドは……」


 それを言われると、少々分が悪い。

 だが、あの時エドモントは、その襲撃に太刀打ちできるくらいの力量はあった。

 なのに、エマが急に飛び出て、そして覆いかぶさってきたのだ。

 正直…邪魔だった。


「……あんなものは、君が庇わなくてもどうにでもできた。」


 というか、この件でエドモントは、女一人守れず、むしろ無力な女子生徒に庇われた恥さらしとして、王太子としての立場がかなり悪くなっている。

 出来ればエマには余計なことなどせずに、じっとしていて欲しかったとすら思っているくらいなのに。


「そうですか? でも、そもそもレイラ様が居なければ、あんなことにはならなかったんですよ。」

「何故そう言い切れる?」

「だって、前日からモーリスさんに何かを吹き込んだのもレイラ様。それが無ければ、エドもモーリスさんもあの場に居なかった。 あの毒は私が飲む予定だったのに、それをレイラ様が邪魔したばっかりに、レイラ様が毒を飲むことになって。結果としてモーリスさんはエドの傍を離れましたよね。ほら、全部、レイラ様が悪いじゃない。レイラ様のせいで、エドが消えかかっているんです!!!」

「………。」


( 自分の事は棚に上げて、やけに饒舌じゃないか。)


「レイラ様からエドを守れるのは私しかいません。だから、エドは遠慮なんてする必要はないんです。私がエドを支えます。私がエドを守ります。だから、安心してくださいね、エド!!!」


 パッチリと見開いた目が、真っすぐにエドモントを見据える。


「……分かった。それが、君の全てなんだな。」

「そうですよ。それが私の全てです。」

「私は君に守られようとは思っていない。だが、君とはもう少しゆっくりと話をしていたくなったよ。」

「エド! 分かってくれてよかったぁ。この試練、一緒に乗り越えましょうね。」


 キラキラした目でうっとりと見上げて来るエマ。

 勿論エドモントは、エマに好意を持ったわけではない。


 結論から言えば、エマは危険だ。


 反エドモント派と言われる人間たちの中には、現国王と仲の良いドートリシュ家を敵視し没落を企んでいる貴族も多い。

 そんな彼らを的確に手懐けて、虚偽の悪事の証拠を用意させている手際の良さには頭が下がるし、病室という閉鎖されたこの場所に、入れ代わり立ち代わり貴族の人間が彼女の見舞いに来ているのもおかしな事だ。


 だが、エマは表裏なく素直な性格。

 恐らく、言っている事に嘘はない。

 本気で国の為に、エドモントの為に、それが正義だと信じて疑っていない。


 夢物語の様で、全く的を射ないそのシナリオとやらによって、どんな情報をどこまで得ているのかについて調べ上げ、その整合性を確かめるまでは、野放しにしては危険な存在だ。


(この事は早急にモーリスに伝えておこう。そうすれば、ドートリシュ嬢の身は保護されるだろう。モーリスあいつは、彼女の事になるとどうにも落ち着かないよだからな。)


 レイラの事はしばらくモーリスに任せ、エドモントはエマと向き合う意向を決めたのだった。

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