悪役がいないとヒロインは王子様と結婚できないようです
細蟹姫
第1話 悪役いちぬーけたっ!
「そこで何をしている!!」
背後からの突然の怒号に、レイラは身体震えさせた。
咄嗟に持っていた壷をドレスの中に隠す。
これだけは、見つかるわけにはいかないのだ。
「お父様……本日はこちらにはいらっしゃらない予定では……?」
平静を装い振り向いたが、父、カミーユの顔は険しい。
「お前が隣国から何やら買い付け、コソコソと何かを作っていることは、使用人達から聞いていた。大人しく隠した物を渡しなさい。」
「嫌ですわ。どんなお仕置きをされようとも、これだけは絶対に渡せません。」
「・・・ならば、仕方がない。ララ。」
カミーユの背後から、レイラの専属メイド、ララが進み出る。
「お嬢様、失礼いたします。」
「やめて!!」
「いえ、止めません!! これはお嬢様の為なのです!!」
抵抗虚しく、ララはレイラのドレスを捲くしあげて隠してあった壷を奪い取ると、カミーユに渡してしまった。
(あぁ……私の半年の努力の結晶……)
「これが、レイラが生成したという毒か?」
「はい。妙な香りを放ちます。旦那様、くれぐれもお気をつけてくださいませ。」
ガックリと肩を落としたレイラをよそに、カミーユは無情にも壷を開けた。
「これは……味噌?」
「え……?」
カミーユから出た言葉に、場が凍りつく。
そう壷の中身は味噌。日本ではメジャーな調味料で、この世界には存在しない食べ物だ……。
☆☆☆
日本という国で、大学生をしていた前世の記憶をレイラが取り戻したのは3年前、12才の誕生日前日の事だった。
急に蒸し暑くなった午後、自室で休んでいると
――― 悪役になんか負けないもん! 史上最強のお姫様 ―――
という、なんとも・・・なフレーズが、耳の奥から聞こえて来たのである。
「悪役・・・?」
そう呟いて、なんとなしに見上げた先にあった鏡に映った自分の顔を見た瞬間、レイラはこの世界が、前世でプレイした恋愛シュミレーションゲーム、「悪役になんか負けないもん! 史上最強のお姫様」の舞台であることを理解したのだった。
【悪役になんか負けないもん! 史上最強のお姫様】
それは、ラルック王国の王太子、エドモント・ラルックと、元庶民の男爵令嬢、エマ・レフェーブルとの恋物語を描く、恋愛シュミレーションゲーム。
主人公であるエマの各種パラメータを、舞台となる学園のでの行動選択によって上下させながら、立ちはだかる
最初こそ「これが噂の異世界転生なのね!!」と感動したものの、鏡に映るその姿は倒されるべき悪役の一人。
レイラ・ドートリシュ。
父親の仕事について城へ行った際、エドモントに一目惚れし、父親の力で無理矢理婚約者の地位に収まったような超わがままな典型的悪役令嬢だった。
レイラが何をしてもまるで興味も持たないエドモントが興味を持ったエマに嫉妬し、舞台となるドヌール学園にてエマをあの手この手で虐め尽くすが、それが露見し学園のパーティーにて婚約破棄と島流しを言い渡される役柄である。
「それはまずい……何とか阻止できないかしら?」
そう思い、急いで紙とペンを用意して今までの事とこれから先に起こることを書き出した。
だけど、それを書き連ねたところで、おかしな事に気づいた。
経歴に差異がありすぎるのだ。
「お父様はどんなにお願いしても私を仕事場へ連れて行ってはくださらなかったし、パーティーにも連れていってもらったことはないわ。そもそも私・・・エドモント様と婚約していないし・・・。」
ゲームの設定では、確かレイラがエドモントと婚約したのは8才の時。
しかし、レイラはまだエドモントに会ったことすらなかった。
公爵家であり、陛下からの信頼もあついカミーユを父に持つレイラが、エドモントの婚約者候補に名を連ねているという話は聞いたが、カミーユが手を尽くして断っているのだと噂で聞いている。
「そもそも、お父様が厳しすぎるわね。ゲーム設定では、あの人が溺愛しすぎて甘やかしすぎた結果、私が我が儘放題の駄目女に育つのよ? 大体、あの人も悪役だし・・・」
―――そう。
このゲームには
その内、最も悪役令嬢っぽいキャラがレイラな訳だが、父であるカミーユもエマに危害を加える悪役の一人。
娘のためならばどんな悪事にも手を染める、娘至上主義者のカミーユは、権力にものを言わせた大人のやり方で、
しかし、そんなカミーユには貴族界に敵が多く、彼らが
……はずなのだが、レイラには溺愛された憶えがまるでない。
何か物をねだろうものならば
「物を得るには対価が必要だ。それを得る為にお前は何を差し出せるか考えなさい。対等なもの提示できたのなら、購入を検討しよう」
と、いつも一筋縄ではいかない。
ゲームでは好きなだけ買い与えられていた大量の宝石もドレスも、この部屋には必要最低限しかなく、代わりにあるのは「知識は最大の財産だ」という父の方針の元揃えられた大量の書物達。
「……ここは、ゲームの世界ではないのかもしれないわね。少なくとも、シナリオ通りに進む破滅の運命をどうにかしようと考える必要はなさそうだわ。」
(なーんだ。焦って損したわ。)
拍子抜けしたレイラは、途中まで書き記した紙をグチャグチャに丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。
(お父様がエドモントとの婚約を望んでいないのであれば、余程のことがない限り私が彼の婚約者となることは無いでしょう。それに、お父様のおかげで健全に育った私は、高望みな我が儘を通すほど愚かではないし、ヒロインのエマを虐める度胸もありません。エマとエドモントには勝手に仲良くしてもらいましょう。)
「悪役いちぬーけたっ!」
レイラはそう言いながら両手をあげて伸びをしたのであった。
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