第一話 戦闘力5の朝

「ふわぁ......結構眠ったはずなのに、まだ眠いなぁ」


霜の降りた街を歩きながら、田中 圭太は大きな欠伸をした。

季節的には春だが、未だまだ寒い。

吐いた息に、白く色が付けられる。


今向かっているのは、彼の通っている学校である「東林学園高等学校」。


この県随一の名門校である。


……実は、彼は頭があまりよくない。


それでも学校に入れたのには、当然訳がある。


それは。



「あっ」


数メートル先の曲がり角からやってきた少女が目に入る。


(今日は朝からついてるなぁ)


その瞬間、彼の顔がアイスクリームのように溶けてしまう。


この娘ーー新島 静香ーーこそ、その理由である。



ーー恋の力とは、偉大である。


彼は頭の良い彼女と青春をするために 、死に物狂いで勉強して、この学校に入ったのだ。


まぁ、結局のところ下心なのだが。



……しかし。


(だめだ! やっぱり足がすくんで話しかけられない!)


そう。 彼は、ヘタレだった。


それも、かなりの。


よって、彼にとっての肝腎要である「彼女との青春」は、今のところできていない。


......やはり今日も、彼女の後姿が去っていくのを見守る圭太であろうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


彼女が見えなくなった後、彼はまた歩き始めた。


今日は日和が良い。


晴れた朝日に、街路樹が和らいでいる。


「なんかいい気分だなぁ」


呑気にそんなことを考えていると、段々と校舎の影が迫ってきた。


ーー東林学園だ。


その姿は悠々しく、名門にふさわしい、排他的かつ圧倒的な雰囲気をかもし出している。


(改めて見ると、よくこんなとこに受かったもんだなぁ。僕)


なんだか身の丈以上のところに来てしまったような気がしつつも、校門を抜ける。


……ところで、東林には二つの棟が存在する。


一つ目の棟は、「教育棟」。


名前の通り、主に授業や理科系の実験が行われる、巨大な建築物だ。


体育館も漏れなくここに入っている。



次に、二つ目の棟だが。


「......なぁ聞いたかよ。1Aの吉村、1Cの神田に「決闘」で負けて退学だってよ」


不意に、男子生徒と思われる話し声が聞こえてきた。


「まじか。……でも「決闘」で負けたなら、そのくらいの処置はあるだろうな」


(「決闘」、か)


先ほどまでの呑気さはなりを潜め、険しい顔となる圭太。


……二つ目の棟、「鍔競がくけい棟」では、先の会話にも出てきた「決闘」が行われる。



ーー「決闘」とは、である。


内容は単純明快で、「戦って、敗者は勝者に従う」。それだけ。


しかし、「従う」ということは、自らの権威や人望をはじめ、殆どのことを勝者にゆだねることと同義。



つまり、



そんなことが行われる場所には、誰も近づかないーー鍔競棟の説明としては、これで十分だろう。



(まぁ、僕には縁のない話だけど)



関係が少なければ、付いてくる面倒事も少ないーー彼はそう考えてきた。


よって、彼はあまり友達を作らない。


縁の無い話、と言うのも、偏に彼に関係する人物が少ないからである。



ーー靴箱から靴を取り出し、そのまま階段を上る。


圭太は1Bクラス。教育棟、二階の一番奥の部屋だ。


廊下を進む中でも、あちこちから「決闘」についての話が聞こえてくる。


(あんまり聞きたくない)


少しストライドを大きくし、教室を目指す。










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