第6話 倉崎先生

 翌週の月曜日の朝だった。職員室では先生たちが色めき立っていた。

「倉崎先生が来てませんけど・・・どうしたんでしょうね」

「無断欠席なんて今までなかったのに」

 それを聞いていた、B君の常田先生は、倉崎先生が長野の田舎に行ってまだ戻っていないんだと気が付いた。学年主任が携帯電話に電話したけれど、『電源が入っていないか、電波の届かないところにいるためおつなぎできません』という、お決まりのメッセージが流れただけだった。


「倉崎先生って独身ですよね。実家に問い合わせて連絡が取れなかったら、捜索願を出してはどうでしょうか?」

 常田先生は言った。

「山道で遭難しているかもしれませんから」


 Googleマップで、その住所を調べてみると、TVの『ポツンと一軒家』みたいに何もない森の中に、小屋のようなものがあるだけだった。みんな興味津々だが、授業があるのでみんなそれぞれのクラスに向かって行った。


 常田先生は、なぜ若い女性を一人で行かせてしまったんだろう、と激しく後悔していた。山に若い女性が1人で行って殺害された事件は過去に何度もある。田舎道で周囲に誰もいない状況なら、容易く犯行に及ぶことができるし、しかも、発覚しづらい。常田先生の脳裏には、こんもりとした森の間の荒れ果てた道を、リュックを背負って一人で登って行く、倉崎先生が浮かんでいた。後ろから男が音もなく迫っている。先生はそれに気が付かないで、ハアハア息をしながら山道を登っている。男は手にバットを握っている。男は一気に追いつくと、バットを一瞬で頭に振り下ろす。


***


 常田先生は、知っている範囲のことをできるだけ詳細に、警察に話した。

「なぜ、お母さんだけがあの家にいるのかがわからないんです。旦那さんと子ども二人が出て行って、あの一戸建てを維持している理由なんてあるんでしょうか。もう戻って来ないなら売りますよね?それに、子どもたちを学校に行かせてないのに、また戻って来るなんて普通は考えられません。学校に行かせない親は、中学も高校も行かせませんから。奥さんが何か知ってると思うんです・・・なぜ、旦那さんが出て行ったのかも」


 常田先生は考えた。旦那と子どもが住民票を移さないで行方をくらますには、どんなケースがあるだろうか。奥さんのDVで旦那が逃げてしまったんだろうか?そしたら、お姉ちゃんが先に不登校になって、弟がその1年後というのがちょっとおかしいことになる。いや、お姉ちゃんは暗い子だったみたいだから、本当に不登校で、家出を決意した時に弟を連れて行ったのかもしれない。

 それか、借金で夜逃げしたが、奥さんだけは置いて行った。全国を車で放浪しているなんてこともありそうだ。


 仮に、父親にやむにやまれぬ事情があったにせよ、それが最善の選択だろうか?行政に頼るという選択はできなかったんだろうか。常田先生は家に帰って奥さんに相談した。奥さんは、「あなたが行かなくてよかったわ。行っていたら、あなたが事故にあっていたかもしれないじゃない」と答えた。常田先生は、ああ、やっぱりこいつは自分のことしか考えていないんだとおかしくなった。結局、自分のような人間は、こういう奥さんとしか巡り合えないんだ。


 

 

 

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