第3話 通報

 先生は走って家に帰ると、風呂に入る前に、急いで電話を掛けた。189番は24時間やっているから、早く誰かにバトンを渡して自分の荷を下ろしたかった。


「すみません。公立小学校で教員をやっている者です。うちの学校の生徒で突然学校に来なくなってしまった姉弟がいまして・・・」

「不登校と言うことでしょうか」

「そうなんですけど、不登校になるような感じの子ではなくて、突然来なくなってしまったんです。何回家庭訪問をしても、まったく会えなくて、家には子どもがいる気配もないんです。私、一か月くらい毎晩家の様子を見に行って、何時間も外から観察していましたが、子どものいる感じがないんです。監禁されているか殺されているんだと思います。安否を確認してもらえないでしょうか。お母さんは夜に公園に連れて行ってるって言いますが、ウソなんです。私7時くらいから10時近くまで毎日家の近くに行きましたけど・・・全く人が出てきませんでした」

「わかりました。通報ありがとうございました」


 児童相談所に通報しても、その後どうなったか通報者に知らされることはないそうだ。某自治体のデータでは、虐待が疑われると児相に通報した人は1万人に2人くらいしかいなかったらしい。警察からの通報が6割くらいで一番多いとか。


 倉崎先生はおせっかいだから、その後どうなったかが気になって仕方がなかった。相変わらず毎晩板倉さんの家の周りを毎晩ランニングしていた。先生の方が依存症になってしまったようだ。まるでボランティア依存症。被災地などで見られるが、ボランティアで得られる充実感、満足感に浸っているうちに、相手の生活が気になって自分の生活がおろそかになってしまう人がいる。先生は、1日何時間も走っているのだから、ちょっとやりすぎだった。


 板倉さんの家は相変わらず1階だけに電気がついていた。

 

 先生は、隣の家に聞きに行った。インターホンを押すとくたびれた感じのおばさんが、毛玉だらけの灰色トレーナーと茶色のスカートで出て来た。

「どちらさまですか?」

「すみません。〇〇小学校の者なんですけど、お隣の家、今はどなたも住んでいないんでしょうか?」

「先日、警察が来てましたけどね」

「え?何でか知ってますか?」

「聞いてみたけど、教えてもらえませんでしたよ」

「隣って子どもが住んでたと思うんですけど」

「それがね。何年も見てないんだよね。学校の先生だから言うけど、おかしいねって話してたんだよね。離婚かなとも思ったけど、たまに旦那は見かけるからね。子どもを手放すっていうのはあまり聞かないから、どうしたのかと旦那と心配してたんだよ」


 倉崎先生はその足で警察に相談に行った。学校としてはどうなったか知る必要があるからだ。これからどうすればいいのか・・・、それも考えなくては。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る