イケメン女子な幼馴染と再会したら、ゆるふわ清楚なキャンパス美人になっていた

佐波彗

第1話 別れと出会い その1

 中学の卒業式を終えた翌日。


 石動蒼生いするぎあおいがわざわざ俺の家の玄関までやってきて言った。


文斗あやとに会うのも、これで見納めかもしれないから」


 玄関の前に現れた見慣れた顔には、今まで見たことないような寂しさが浮かんで見えた。


 石動は隠そうとしていたのだろうけれど、偶然吹いた強い風のせいで前髪が揺れて目元が顕になったせいで、表情がわかってしまった。


 澄んだ黒い瞳は潤んでいるようだった。


 石動とは小学校で同級生になってから、今までずっとクラスメイトの腐れ縁だ。

 一番の仲良しと言っていいかもしれない。


 石動は明るくて人気者だったから、どちらかといえば引っ込み思案で地味な俺もそれに引っ張られて楽しい思いをすることができた。石動が間に入ってくれたことで出来た友達はたくさんいる。


 けれど、これからはそんなこともなくなってしまう。


「明後日引っ越すんだよね? 寂しくなるな……」


 石動が親の都合で引っ越すことは、去年から本人に聞いて知っていた。


「そう言うなよ。またどこかで会えるでしょ」


 しゅんとする俺に活を入れるみたいに、胸元に拳を軽く突きつけてくる。


「ていうか、高校生になったら出会いも広がるだろうし、もっと楽しいこともあるんじゃない?」

「石動みたいなヤツは、どこにもいないと思うよ。少なくとも俺の周りには2度と現れないと思う」


 まるで石動が、自分の代わりは他にもいるから、と言っているように思えて、俺はムッとしてしまう。


「……俺にとっては、石動以上なんていないよ」


 本音だから恥ずかしかったが、これを逃せばしばらく伝える機会がなくなってしまう。ここぞとばかりになけなしの勇気が出た。


「そこまで文斗から好かれてるなんて思わなかった」


 石動にとっても衝撃的だったみたいだ。

 なんだかこっちまで恥ずかしくなる。


「……まあほら、向こうの学校でも頑張りなよ? 女子を落としまくって修羅場にならないように気をつけてね」

「文斗からのイメージ悪いなぁ」


 石動が微笑んだ。そういう自然体な笑みを見せるだけで女子の警戒が甘くなるのだから、石動は根っからの女ったらしだと思う。


「せっかくだし、握手しとく?」


 石動が、数えくらいくらいの女子を落としてきた爽やかな笑みを浮かべながら、俺に右手を差し出してくる。


 本格的に別れの気配が漂ってきて、俺もつい握手してしまった。


 東京なんて電車に乗ればそう時間が掛からないのだから会いたければいつでも会えるし、今生の別れってわけでもないのに。


 思ったより柔らかく、冷たい手のひらに、恥ずかしいことに俺は、頬が熱を持ったのがわかってしまった。


「ついでにこんなこともしちゃう?」


 石動の重心が前のめりになり、俺に腕を伸ばしてきた。

 突然のことに俺は動くこともできず、石動に抱きしめられるようなかたちになる。


 中学生になっても、石動の方が俺よりも背が高いから余計に恥ずかしい。

 コート越しなのに異様に柔らかい感触や、脳が溶けそうなくらい甘い匂いにやられて動悸が早くなってしまう。


「や、やめろよ!」


 俺は石動の肩を掴んで、引き離した。


「お前、もっとさぁ、気を遣えよ」


 肌寒さが残る季節なのに、俺だけひと足早く夏が来てしまったみたいに暑い。


「そんな見た目でも一応……女子なんだから」

「だったらなんなの?」


 不服そうに頬をふくらませる石動。


 石動蒼生は、中性的な容姿をした、正真正銘の女子だった。


「ていうか文斗、マジで? 私と体くっつけてドキドキしてるって自白したようなもんじゃない?」

「し、してないし?」


 した、とは言えないし言いたくなかった。

 一応、石動は俺のライバルである。


 女子っぽさを見せようとしない石動に女子を感じるなんて、負けたような気がする。


 まあ、周囲の評価では圧倒的に石動優勢で、俺は完全なる敗北者なのだが。

 ていうか、石動のおまけ、程度の扱いだろうな。


「だよね。私と文斗に限っちゃ、なんかそういうのキモいし」


 肌寒さすら吹き飛ばしそうなくらい爽やかに笑い飛ばしてくる。


「……じゃ、文斗。私も行くから。引っ越しの準備は終わってるんだけど、まだ色々やることがあってさ。私も手伝わなきゃならないんだよ」

「そっか。元気でな……って、石動はどんな時でも元気か」

「そうそう。むしろ文斗の方が心配だよ。私がいなくて寂しいからって泣かないでよ」

「泣かないよ」


 ここで泣けば、石動がいないことを寂しがっているようで負けた気がするから。


「じゃあ、また! どこかで!」


 石動はこちらに手を振って、我が家から離れていく。

 遠ざかっていく石動の背中を見て、親友の後ろ姿を見るのは、これで最後かもしれないという考えが頭を過ってしまった。

  

 そして想像通り、俺は高校3年間、石動蒼生と一切関わることがなかった。

  

 あれだけ仲が良かった相手でも、一度離れてしまえば連絡することもなくなる。

 俺も石動も、あの頃はまだスマホなんて持っていなかったし、手紙のやりとりなんてアナログな方法で交流を続ける発想もなかった。


 直接会いに行くことも考えたのだが、相手は石動だ。引越し先でも輝かしい学生生活を送っているのだろうと考えると、どうしたって気が引けてしまった。

  

 だから、石動蒼生と再会することは、この先2度とないと思っていた。

  

 石動蒼生という、男子より男らしい女子の親友は、もう俺の思い出の中にしかいない。

  

 晴れて第一志望に合格し、始まったばかりの大学生活を、過去の思い出にばかり浸って潰す気もなかったわけだし。俺にはもう関係のないことだと思っていたのだ。

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