ブバルディアかヒガンバナか、ある一つの事例から。
小川
ブバルディアかヒガンバナか、ある一つの事例から。
「花の色は うつりにけりな いたづらにわが身世にふる。」
誰かがそういった。
私は鈴木
「たくさん意見を出せる」
「真面目で勤勉」
などと見掛けの評価しかしない上司に報われない恋をするよりも、多少の妥協は許容して腰を落ち着けるべきなのか。
小野小町は、
「花の色は うつりにけりな いたづらにわが身世にふる。」
藤原
「たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり。」
などと言っていたが私はこうはなりたくない。だがこの恋に別れを告げたくはないのだ。
私は諦めることにした、腰を落ち着けることに決めたのだ。
というのもいつまでも決心できない私を見かねて、親がお見合いを設定してくれたのだ。
無用の親切だが、よい機会だ。引かれる後ろ髪を断ち切ってしまおう。
心の裂傷から目をそらして恋心と最期の言葉を交わしていると、携帯が鳴った。例の上司からだ。
しかも、よりによって初めての電話が今である。現実から逃がれるようにボタンを押した。
「もしもし、時間外にごめん。明日、例のお客様に謝罪しないといけない。もし、スケジュールが空いていたら来てくれない?」
例のお客様か、確かに厄介ではあるし重要な取引相手でもある。しかし明日は休日だ、しかもお見合いの日である。
「大丈夫です。何か必要なものは?」
しかし、考えるよりも先に返事が口をついて出てきてしまった。
お見合いで結婚して無難に生きるのが「正しい」はずだ。その道を閉ざした私はどうすればいいのだろう。
そんな風に当惑していると、
「特に必要なものはないから普段通りにきて大丈夫。」
と、一瞬の空白の後、
「いつもありがとう、本当に助かってる。」
「らしくないですね」
「自分でもそう思う、じゃおやすみ」
「おやすみなさい」
スムーズに会話ができたことが奇跡のように、胸が高鳴っていた。あの上司が感謝を口にするなんて、頼られているなんて。
私は諦めることにした、恋心と生きると決めたのだ。
無論、恋が成就するとは限らない。「正しい」から外れてしまう自分に心残りもある。周りの自慢が耳に入り、苦い思いをすることもあるだろう。
だが、これでよいのだ。理由はないが、よいのだ。理屈はないが、よいのだ。
満ち足りた感覚を抱き、床に就いた。
ブバルディアかヒガンバナか、ある一つの事例から。 小川 @ogawayu
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