ブバルディアかヒガンバナか、ある一つの事例から。

小川

ブバルディアかヒガンバナか、ある一つの事例から。

「花の色は うつりにけりな いたづらにわが身世にふる。」

誰かがそういった。

私は鈴木因香よるか、上司に一方通行の恋をしている。だがもう35歳だ。

「たくさん意見を出せる」

「真面目で勤勉」

などと見掛けの評価しかしない上司に報われない恋をするよりも、多少の妥協は許容して腰を落ち着けるべきなのか。

小野小町は、

「花の色は うつりにけりな いたづらにわが身世にふる。」

藤原因香よるかは、

「たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり。」

などと言っていたが私はこうはなりたくない。だがこの恋に別れを告げたくはないのだ。


私は諦めることにした、腰を落ち着けることに決めたのだ。

というのもいつまでも決心できない私を見かねて、親がお見合いを設定してくれたのだ。

無用の親切だが、よい機会だ。引かれる後ろ髪を断ち切ってしまおう。

心の裂傷から目をそらして恋心と最期の言葉を交わしていると、携帯が鳴った。例の上司からだ。

しかも、よりによって初めての電話が今である。現実から逃がれるようにボタンを押した。

「もしもし、時間外にごめん。明日、に謝罪しないといけない。もし、スケジュールが空いていたら来てくれない?」

か、確かに厄介ではあるし重要な取引相手でもある。しかし明日は休日だ、しかもお見合いの日である。

「大丈夫です。何か必要なものは?」

しかし、考えるよりも先に返事が口をついて出てきてしまった。

お見合いで結婚して無難に生きるのが「正しい」はずだ。その道を閉ざした私はどうすればいいのだろう。

そんな風に当惑していると、

「特に必要なものはないから普段通りにきて大丈夫。」

と、一瞬の空白の後、

「いつもありがとう、本当に助かってる。」

「らしくないですね」

「自分でもそう思う、じゃおやすみ」

「おやすみなさい」

スムーズに会話ができたことが奇跡のように、胸が高鳴っていた。あの上司が感謝を口にするなんて、頼られているなんて。


私は諦めることにした、恋心と生きると決めたのだ。

無論、恋が成就するとは限らない。「正しい」から外れてしまう自分に心残りもある。周りの自慢が耳に入り、苦い思いをすることもあるだろう。

だが、これでよいのだ。理由はないが、よいのだ。理屈はないが、よいのだ。

満ち足りた感覚を抱き、床に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブバルディアかヒガンバナか、ある一つの事例から。 小川 @ogawayu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ