第15話 お茶<=酒

「あー……頭いてぇ」


「同じくっす。自分は吐き気がするっす」


「もう! そろいもそろって何してるんですか!」


「いやー、久しぶりに会うとお酒進むんすよねー」


「積もる話ってやつだな」


 ミルトが呆れてため息をつくも、ダールは後悔も反省もしない。


 旧友と会ったならこうなるのは必然。二日酔いはおまけでついてくる。


「これから村長に会うのに……だらしないですよ」


「会ったらシャキッとするっすよ。大人っすからね」


「大人なら、我慢もしっかりとしてください」


「それはそれ、これはこれっす」


「おいワキョ、この道でいいのか」


「そうっすよ。この道っす」


 ワキョが示すのは、枯れ果てた木々に囲まれた道。草がはげて、土と砂利でできた一本道だ。


 ダールが足を踏み入れると、木々の隙間から視線を感じる。眼球をギョロリと動かし視線のほうを見れば、1匹のカラスがこっちを見ていた。


 カラスにしては熱心に見ているが、気のせいだ。たかだかカラス、こっちを見ているのに理由はない。


「この道はそんな長くないっすから、すぐに村長の家が見えるっすよ」


「どんな家なんですか」


「古めかしい石造の家っすね。外観が真っ黒に塗られてかなり不気味っす」


「今でも不気味なのに、もっと不気味になるんですか……」


「なるんすよねーこれが。あ、着いたっす」


「うわ、本当に大きい」


「まじで不気味だな」


 枯れ木がなくなり、ワキョの言っていたままの家が現れる。庭に飾られている植物は死に絶え、水の出ないひび割れた噴水の先には、比較的キレイなドアが待っていた。


 もはや、わざと不気味にしてるのではないかと、ダールは勘ぐってしまう。


「にしても、なんで黒にしたんすかね」


「聞いてみればいいだろ」


「さすがに無理っすよ」


 ワキョは苦笑いをうかべてベルを鳴らす。カランカランと心地よい金属音は、せめてもの癒しだ。


「すみません、駐在兵のワキョっす」


「……お入りください」


「失礼します」


 ワキョとミルトが先に入り、図体のでかいダールは最後になる。


 家の中はうす暗くまだ少しの不気味が残るが、外に比べれば心は安らぐほうだ。


「こいつが村長か?」


 ダールの目の前にいるツルツル頭のじじいは、頭と対照的に顔は毛で覆われている。眉が目を覆い、ひげが口を覆いほぼ見えない。


 折れ曲がった腰に杖をつく姿を見るにかなりの老体で、いかにも村長の風貌だ。


「いえ、私は村長ではございません。私はここに使える者です」


「ダールさん、村長はもっと若い人っす。エルッカさん、案内していただけるっすか?」


「もちろんでございます。それが私の仕事ですから。こちらへどうぞ」


 エルッカは背を向けて、ローブを引きずりながら先導する。


 玄関を右に進むと壁には絵画が飾られていて、女性に男性に様々だが皆一様に角が描かれていた。


「こいつらは誰だ」


「この人たちはみな、ハームブルトの再興や統治などに尽力をなさった偉人たちでございます」


「なるほどな、そりゃ飾られるわな」


「この方がたを全て知る人はおられないでしょう。しかし、この人なら分かる人も多いはずです」


 エルッカが足を止めた絵画には、金髪碧眼で凛々しい顔をした男が描かれている。唯一この中で角がなく、混血種ではない。


「あー、分かったす。ダールさんは分かるっすか?」


「ああ、分かるぜ。99代目勇者だろ」


「ダールさんでも分かるなんて、すごい人なんですね」


「会ったことあるからな」


「それは初耳っすよダールさん。どこで会ったんすか?」


「俺の昔話なんかいいから、さっさと村長に会うぞ」


「ボクも知りたいです」


「チラッと見ただけだ。ほら、さっさと行け」


 ダールは二人を適当にあしらい、けつをたたいて歩かせる。


 ダールにとって99代目勇者は忘れもしない名前で、大嫌いな野郎だ。


 けれど、それを誰かに話すつもりはない。話したところで誰にも受け入れられない。99代目勇者は、英雄だからだ。


「リチャルド様。お客様をお連れしました」


「ありがとうエルッカ、中に通してくれ」


「承知しました」


 ドアが押し開けられて、ダールたちは中に入る。中は、ダールが思う以上に普通の部屋で、机もソファも市場で売られているようなものばかりだ。


 ダールが驚き、部屋を見渡していると窓際に立つ恰幅のいい男が目に映る。おそらくこいつが村長のリチャルドだろう。背中からでも分かる角は禍々しく、同時に威圧感を放つ。


「ワキョさん、ダールさん、ミルトくんだね」


「俺らの名前教えてたのか?」


「いえ全く話してないっすよ」

「すまない。実は君たちのことを見ていたんだ。正確には、監視の目に映ったから見させてもらったよ」


 リチャルドは振り向き、謝罪のつもりか軽く頭を下げる。角張った顔をしているが顔は整っていて、モノクルが特徴的だ。


 ダールはリチャルドの言う「監視の目」にどこか心当たりがある。


「監視の目ってのはカラスか」


「カラスにそんなことができるはずが……」


「魔族の力、だろ」


 ダールがそう言うと、リチャルドの表情が笑顔から真顔に変わる。


 リチャルドはモノクルを軽く持ち上げて、静かに口を開いた。


「どうでしょう。その力があることは認めましょう。しかし、なにかは言えません。種が明かされては力も無意味ですから」


「そうだな、それには俺も同感だ。だから、俺も深くは聞かない」


「さて、立ち話はこれくらいにして本題に入りましょう。そちらのソファにどうぞ、名産のお茶でも飲みながら話しましょう」


「失礼するっす」


「失礼します」


「それで、お話はなんでしょうか」


 ダールはポケットから指輪を取り出して、「これだ」とリチャルドに見せる。

 リチャルドは指輪を受け取り、モノクル越しにじっと見つめると、口もとが緩んだ。


「分かるか」


「もちろんです。忘れるはずがありません。この指輪は私の愛した女性に渡したもので、形見なんですから」


「形見……ですか」


「すみません。場をしんみりとさせてしまって。でも、なぜ貴方がこれを?」


「盗賊から奪ったんだよ。つっても、首にかけてたのが手に引っかかっただけなんだけどな」


「そうでしたか。私の娘であるメトラに譲った指輪なので、娘が取られてしまったのかもしれません」


「なるほどな。じゃあ指輪こいつは任せたぜ」


「私も娘に返してやりたいのですが、娘はここに住んでいないんです。それに、私も仕事から手が離せなくて……拾った貴方に届けてもらえないでしょうか」


 リチャルドが申し訳なさそうにこっちを見ようと、ダールは首を縦に振るつもりはない。


 ハッキリ言って面倒だ。それに盗賊に会えないのならやる意味も……。


「任せてください!」


「おい。勝手に決めんな」


「やりましょうダールさん。困っているなら助けになりたいんです」


「ミルトは優しいっすね」


「つうかワキョ、お前がやれ。ここの兵士ならこれくらいやるだろ」


「やるわけないっすよ。管轄外に持っていくなんてめんど……仕事の範囲じゃないんで」


「本音もれてんぞ」


「リチャルドさん。娘さんはどこにいるんですか」


「娘は今となり街のチュシャル街にいます。正確な場所までは……すみません。私も把握できていないです」


「だから勝手に進めんな」


 ダールがワキョと言い合っている間にミルトが話を進める。いつの間にか、ダールがやるような流れになっている。


 だが、ダールはやりたくない。こんなのは時間の無駄だ。


「ミルト一人でやれ」


「そんなのムリですよ。ダールさんもやるんです」


「やらねえよ。盗賊の手がかりになりゃしねえ」


「リチャルドさんの娘さんなら知ってるかもですよ」


「だとしてもだ」


「あの、ただと言うのは申し訳ないので、お礼の品は用意いたします」


「お礼の品? それなら話が変わってくるな」


「ダールさん最低」


 ミルトに何を言われようと知ったことではない。品によってはダールも俄然やる気がわいてくる。金か物か。物なら酒や食べ物なら最高だ。


「名産のお茶はいかがですか」


「茶か……いいぜ、引き受けた」


「え?」


「んだよ文句あんのか」


「ダールさんがお茶で引き受けるのは以外だなって思っただけです」


「俺はこの茶が嫌いじゃないからな、それだけだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る