第4話 多忙なエリート(前編)

「ダ、ダルミスさん。ソーバさんはどうしてあんなに怒ったんですか?」


「昔からな、俺以外がババア呼びするとすっげーキレるんだ。なぜか俺が広めたって言ってな」


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか」


「しょうがねえだろ、忘れてたんだから。だいたいお前は怒られねえから別にいいだろ」


 ダールは橋の手すりに寄りかかり、息をきらしながら答える。


 どうせ怒られるのは自分だけでミルトはお咎めなし。だというのに、ミルトはジト目で、どこか不服そうな顔をする。


「よくないです」


「なんでだよ」


「だって、ソーバさんには謝らないとだし。それに、ボクにも言った責任があるからです」


「ませガキがよ」


「ませてないです」


「そういうところ含めてませてるって言うんだよ。ま・せ・ガ・キ」


「怒りますよ?」


「好きにしろ」


「じゃあ守衛を呼びますよ? ひどいことされたって」


「それはやめろ」


「冗談です」


 ミルトはクスクス笑い、ずいぶんと楽しそうだ。


 ダールにとってシャレにならない冗談だが、ミルトが楽しそうならとやかく言うつもりはない。


 ダールは手すりに預けていた体を起こして息をはく。問題はこれからだ。


「さてと、お前をどうするかだ」


「ソーバさんがダメだったから、次ってことですよね。たしか次って……」


「いない」


「あの、ダルミスさんが嫌じゃなければボクはかまいません。寝るところだって我慢できますから」


「気が早い、まだ探す時間はあるからな。それにもう一人いるんだよ」


「誰ですか?」


「シキメっていう、そこそこ偉い女の兵士だ。若くして成り上がったすげえやつだよ」


「すごい……! それでその人はどこにいるんですか?」


「分からねえ」


「え」


「分からねえんだよ。立場が立場であっちこっち行ってよ、見回りだったり稽古だったりな」


「じゃあどうするんですか?」


「探すしかないだろ」


 ダールは川面に目をやり大きなため息をつく。探すのは面倒だが、ミルトを抱えるのは一生の面倒。ならば、一時の面倒は受け入れるしかない。


 どこに行くか。ダールはぐるりと見渡すも二択しかない。このまま橋の向こうにある田園を探すか、河沿いを探しながら大通りに戻るか。


「お前はどっちが見たい。田園か河沿いか」


「えっと、ソーバさんに謝りに行くという選択肢はありますか?」


「あるわけないだろ。いいから選べ」


「なら、田園がいいです」


「じゃあ行くか。シキメを探しに」


「はい!」


 橋を渡りきれば、同じ城内でもまるっきり違う景色が広がる。


 見渡す限りの畑や果樹園、ダールは思いっきり息を吸って吐く。どこでも吸える空気だ。


「どこまでも見えますね」


「建物がほぼねえからな」


「あの建物すごく大きいですよ」


「城だ。まあ国の象徴みたいなものだからな、そりゃ大きいさ」


 ミルトは城を見上げると、目を輝かせて楽しそうだ。


 ダールは子供心をあまり理解できないが、今の気持ちはなんとなく分かる。大きいものを見ると、自然とワクワクする。



「ダルミスさん。なんであそこは辺り一面が金色ですか?」


「麦畑だからだろ。後は収穫の時期が近いってのもあるな。ん、収穫の時期が近い……」


「な、なんですか。なにかあるんですか?」


「美味しいビールが飲めるってことだな」


「ビール?」


「酒だ酒。お前は飲めないけどな、これが美味いんだ。キンキンに冷えたビールと熱々の肉は最高だぜ」


 想像をするだけで頬が緩み、ダールは思わずよだれを垂らしそうになる。


 不安、疲労、心配……。酔いが全てをぐちゃぐちゃにして、極めつけは肉による空腹打破。まさに極上の幸せだと、ダールは確信している。


 ミルトには当然わかるはずがなく、しかめた顔からして想像もできない。といった具合だろう。


「まだ分からないですが……ダメ人間の雰囲気は感じます」


「うるせえな。お前はガキだから知らないだけだ。20おとなになって味わってみろ、最高だぞ」


「んー、じゃあボクが大人になったら教えてくださいよ」


「ああいいぜ。つぶれても引きずり回してやるよ」


「それは嫌です」


「冗談だ冗談。ただな、酒を飲むなら1つだけ注意しろ」


「なんですか?」


「飲みすぎるな。ってことだ」


 ダールは声の調子を1つ下げて、おどろおどろしくミルトに言う。ミルトにも恐怖が伝わったのか、ミルトはごくりとつばをのんだ。


「や、やばいんですか」


「ああ。吐くわ頭が痛いわ金が飛ぶわでな。いいことが1つもねえ」


「うう、恐ろしいですね。特に最後はすごい説得力です」

「おい」


 ダールは容しゃなくげんこつを振り下ろす。

 バカにするなという意味をこめた拳は、ミルトの頭頂部に着弾して痛々しい音を響かせた。


「いったぁ……! 急にぶつなんてひどいです!」


 ミルトは目に涙をうかべながら、大きなたんこぶをおさえて頬を膨らませる。


 怒ろうが泣こうが、先にケンカを吹っ掛けたのはミルトだ。ダールは殴ったことを悪と思わず、むしろ当然の仕打ちくらいに思っている。


「うるせえ、そっちが始めたことだろ」


「だとしてもです。暴力は反対です」


「俺は大賛成だ」


「うぅ……人でなし……」


「ああ? なんか言ったか?」


「なんでもないです!」


「ならとっとと探せ」


――――


 ダールとミルトは大通りに帰ってきた。太陽が真上に登るほど時間をかけて探し回ったが空振り、シキメはおろか兵士の1人も見なかった。


「なんだがお腹が空きました」


「俺もだ。ちょうど昼みてえだし、ここで食べてくか」


 ダールは空を見上げて、太陽の位置からお昼だと推測する。お腹の時計も飯時を告げているのだから間違いない。


「お金は大丈夫ですか?」


「お前、俺のことをなめくさりすぎだろ」


「だって、ダルミスさんお金を持ってなさそうなんですもん」


「これで満足かガキ? これでも働いて金はあんだよ? あぁ?」


 ダールはふところから金銭袋を取り出すとミルトの頭に押しつける。グリグリと回して強く押しつければ、ミルトは「痛いです!」と声をあげる。


 しかし、ダールはやめない。ダールをなめくさる根性を叩き直すためにも、ここでやめるわけにはいかなかった。


「ダールさん。誰をいじめてるんですか」


「止めるなシキメ。教育だ、教育。こいつ大人おれのことをなめくさりやがってよ」


「ち、違うんですダルミスさん。痛い! グリグリ回すのダメ!」


「って、お前シキメじゃないか」


 黒く短い髪に切れ長の目。体には、国の紋章が刻まれた白銀の防具。間違いない、ダールの探していたシキメだ。


「そうですが……ダールさんはなにをしてるんですか。それにその子は誰です?」


「いろいろあったんだよ、いろいろと。飯でも食いながら話さねえか?」


「それはかまわないですが、今回はダールさんにも支払ってもらいますよ」


「あたりまえだろ。前に世話かけちまったからな」


「この人がシキメさんですか?」


「いかにも。私がシキメだ」


 シキメが首を縦に振り、自己紹介が終わったかに見えたがそんなことはない。ミルトはまだ話したいのか、うずうずとしていた。


 空腹を満たすことが第一優先のダールにとって、立ち話があってはならない。


 ダールの危機管理能力が働いた。


「自己紹介とか歩きながらでいいだろ。ほらいくぞ、飯だ飯」


「分かりました」


「ダルミスさんおいていかないでください」


 ダールは先頭を歩き、大通りをかっぽする。シキメとミルトは、ダールの後ろをついていく。


「君の名前は?」


「ボクはミルトです」


「ミルトくんか、いい名前だね」


「えへへ、ありがとうございます。そういえばシキメさんって、ダルミスさんといつ知り合ったんですか?」


「数年前だよ。私が兵士になる前かな? 戦いかたを教えてもらったんだ」


「ダルミスさんって強いんですか?」


 ミルトが疑わしそうにダールを二度見すれば、シキメは苦笑する。


 「強いさ」。シキメは答えると、ダールに対して尊敬の眼差しを向けた。


「ダールさんはね、もしかしたら国1番だよ。彼以上に強い人はいない。いったいどんな経験をしたらなれるのか不思議だよ」


「びっくりしてます……」


「むりもない、あのなりだからな。私も初めて会ったときはダメな大人だと思っていたよ」


「ここだ、ここで食うぞ」


「決まったようだね、行こうかミルトくん」


「はい!」

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