第1章 ダールと色濃いメンツ
第2話 全てを忘れた捨て子
早朝、ミンナノ王国の外れにあるチサナ森はうす暗い。日光は木々に阻まれて、辛うじて入った光は、ぼんやりとした視界を提供してくれる。
ダールは、そんな森を慣れた足どりで歩く。倒木をまたいで、けもの道を進む。肩に担いだつるはしが小枝に引っかかれば、強引に引っ張る。
けもの道を抜ければ、ダールの家が見える。色落ちしたオレンジの屋根に亀裂だらけの壁。
人は「廃屋だ」と笑うが、ダールにはどうでもいい。家など寝るための場所でしかない。
これから少し寝て、給料をギャンブルで増やして、儲けで朝まで飲む。ダールは完璧な計画を頭に、足取り軽やかに家へ向かう。
ドアの前につけば、ダールは大きく足を持ち上げる。ドアは、蹴り開けるものだ。
「らっ! あ?」
明らかにドアのしまりが甘く、鈍く開くドアが今日だけは威勢がいい。ダールは違和感を覚えて、蹴り開けた体勢のまま固まる。
昨日、家を出るときはどうだったか。考えても酔っていたせいで記憶が曖昧で、どうにも覚えていない。
「どうでもいいな」
ダールは考えるのが面倒になり、とっとと寝ることにする。手に持ったつるはしは邪魔なため、台所に放り投げたその時だ。
「うわっ!」
「だれだ」
ダールは瞬時に振り返り、声のした台所、もとい物置きに睨みを利かせる。
暗くてマヌケの姿は分からないが、声からしてガキだ。ドアの締まりが甘かったのは、ガキが忍びこんだからだろう。
ガキはしゃべらず、貝のように黙りこむ。「だれだ」ときいて答えないということは、後ろめたいことに違いない。
「殺しか」
「ち、違います」
ガキはやっと、震えてか細い声を発した。ダールはひとまず安心して、1つ息をつく。
殺しでないなら、警戒しすぎる意味もない。ダールは肩の力を抜いて、改めてガキに問いかける。
「じゃあお前は誰で、なにが目的だ」
ダールの問いかけに、ガキは黙って答えようとしない。
おちょくっているのか、しゃべる気がないのか。どちらにせよ、ガキの態度にダールはイラついていた。
「おい」
ダールが低い声で脅しをかけると、ガキは口を開く。
けれど、ガキが発したのはダールの求める答えではなかった。涙ぐみ、許しをこうような「ごめんなさい」という謝罪だ。
「だる」
ダールは舌打ちをこぼしてため息をつく。ガキはすっかりと萎縮して、会話などできる状態じゃない。
会話ができないなら、どうやってガキの素性を知るか。ダールはイスに腰掛けてふんぞり返ると、パッと閃いた。
「おいガキ。質問に答えられるなら床を1回たたけ」
ダールが指示すると、コンと床が1回たたかれる。
ガキは質問に答える意志があるようで、この手段は有効そうだ。
「今から質問するぞ。はいなら床を1回、いいえなら床を2回たたけ。お前の目的は金」
床が2回たたかれる。「いいえ」ということは、盗っ人ではない。ダールもないとは思っていたため案の定だった。
「お前は迷子だ」ダールが質問すると、ガキは少しの間をおいて床を1回たたく。森である以上、ガキが迷うのはしょうがない。しかし、今の時間帯を考えると妙だ。
「親が近くにいる」ダールがすかさず質問をすると、ガキは床を2回たたく。
ダールが予想していた答えと違い、ダールはひとまずタバコをふかす。親が近くにいない、森の外にいるのか。もしくは……。
「城下町に引っ越してきた」ガキは床を2回たたき否定する。
「家出だ」これも2回。
「親に愛されていた」ダールがそう質問すると、ガキは反応しなくなる。代わりに、ガキは今まで閉じていた口をやっと開いた。
「あの、ボク、なにも覚えていないんです。ボクが何者で、親が誰なのか。どこから来たのか……全部わからないんです……」
「はぁ? そんな馬鹿な、冗談も大概にしろ」
「本当なんです! 本当に、なにも覚えてないんです……」
「嘘だろ」
ダールはあんぐりとして、思わずタバコを落としそうになる。
記憶をなくしてさまよっているわけではなく、ここに来て記憶をなくした。さすがにダールは嘘だと思いたいが、ガキの様子からして本当のようだ。
「おい待て。親も故郷も覚えてないんだよな?」
「はい……」
申し訳なさそうにガキがうなずくと、ダールは頭をかきむしる。
親を知らない。故郷も分からない。そんなガキを元いた場所に帰すなど、どうやっても不可能だ。
「どうすっかなぁ……」
「あ、あの」
「なんだ」
「タバコ、やめてもらえないでしょうか。ごめんなさい、わがままで……」
「分かったよ」
ダールがタバコを足で踏み消せば、タバコは最後の紫煙を漂わせて絶命する。
ちょうどタバコに満足感を得て、味もしなくなっていた頃で、ダールにはちょうどよいタイミングだった。
「おいガキ、顔を見せてくれねえか。もしかしたら手がかりになるかもだからな」
「……分かりました」
ガキはのそのそと、積み重なった木箱と木箱のすき間からはい出てきた。
白く艶やかな髪は耳を覆い、パッチリとした瞳は緑と赤のオッドアイだ。
ダールはガキの中性的な見ためと、少し高い声に思わずくびをかしげる。ガキは男か、それとも女か。
「性別はどっちだ?」
「どっちなんでしょう……」
「下のぶつがあるかないか見ろ」
「見ないと……ダメですか……」
頬を赤く染めたガキがうるんだ瞳を向けてきて、ダールは大きく息をはく。
見ろ。とは言えない。ガキに欲情したふうに思われるのは、心の底から不本意だ。
「いや、いい」
性別は手がかりになるが、なくても問題ないだろう。ガキの容姿はかなり特徴的で、迷子の中でも異色で際立っているはず。ならば、親から探した方が無難だろう。
「ガキ。お前の親は早く見つかりそうだぜ」
「親……どんな人なんでしょうか」
「少しも親のことを覚えてないのか?」
「はい。全く覚えてないです」
「そんなもんなのか」
「あ、あの。えっと、あなたさんは覚えてるんですか?」
ガキの独特な二人称にダールは笑いそうになるも、苦い記憶がそれを消し去る。
暴君であった父に、謝ってばかりの母。ダールは額に手をやり、傷あとをなぞる。壮絶な過去は、全てここにしまわれている。
「覚えてるぜ、いいものじゃないがな」
「ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまって」
「かまわねえよ。後ガキ、俺はダルミスだ。ダールでもダルミスでも好きに呼べ」
「分かりましたダルミスさん。じゃあボクはどうしましょう?」
「ガキでいいんじゃね?」
「なんか悪意を感じちゃうんです」
「じゃあミルク」
「ごめんなさい。もっと違う名前がいいです」
「コットン」
「それもちょっと嫌です」
「わがままだなおい。じゃあもうお前が考えろ」
「ミルクとコットンを足して……ミルトにします!」
「そうかミルトな。はいはい」
なにがいいのかダールには分からないが、ミルトが満足そうならとやかく言うつもりはない。
ミルトはよっぽど気に入ったのか、名前をつぶやくたびニコニコする。怯えていたミルトはもういない。
「後はお前をどうすっかだな。親が見つかるまで、どこに置くか」
「えっと……?」
ミルトはきょとんとしてここを指さすも、ダールは「ダメだ」とすぐに否定する。
どう見ても、この家に二人分の空間はない。物置きと化した台所、テーブル、ベッド。それぞれ7:1:1の配分で占有して、残りの1割をダールが占める。
これで10なのだから、当然ミルトの空間はない。
「住めるわけないだろ。狭すぎる」
「じゃあどうしましょう」
「ババアだ。ババアに頼むしかない」
「ババアさん?」
「俺の里親だ。いいやつだから、ミルトも気に入るだろうよ」
「楽しみです。いつ行きますか?」
「俺が少し寝たらだ。それまでお前はそこのイスにでも座ってろ」
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