ヤニカス酒カスギャンブラーの(元)勇者候補は拾ったガキを親に返して堕落した日々に戻りたい

横鞘に干し

第1話 幕開け

 木に寄りかかる死体や転がる死体。草木は赤色に染まり、紅一色に染まる。森の一角は、地獄の様相をていしていた。


 そんな地獄の中にポツンと、生きている男がいた。人とは思えないほど発達した男の体は、おびただしい血で汚れ。肩に担がれた大剣は、血の雫を垂らす。


 そこに一人、高貴な鎧をまとった男が足を踏み入れた。男は惨劇を目の当たりにすると、目にうっすらと涙をうかべながら震える声をしぼり出す。


「僕は99代目勇者。貴様に質問がある、僕の仲間を殺したのは貴様か?」


 勇者は剣を抜いて、剣先を男に向ける。


 死地を共にかいくぐり、笑い、悲願の魔王討伐を達成した仲間たち。見るも無惨に殺され、勇者の心は怒りと悲しみで荒れ狂っていた。


「答えろ! 殺したのは貴様か!」


 男は無言で振り向くと、勇者に向かって大剣を構えた。勇者はそれを答えとして受け取り、体勢を低くする。


「それが答えか……仲間の仇、討たせてもらう!」


 勇者は高速で男との間合いを詰める。男が大剣を振り上げる時には遅く、勇者は懐にはいりこんでいた。


 勝負は決した――かと思えたが、男も易々とは殺されない。


 男は、体をひねると同時に右足を振りぬく。右足は勇者の腹部をとらえて、勢いそのままに勇者を蹴り飛ばした。


「っ!」


 勇者は木にぶつかり咳きこむ。息ができなくなるほど重い一撃は、鎧に亀裂が生じるほどの威力だ。


 力だけではない。男は柔軟な対応力もあり、極めて高い戦闘の感覚を持っている。おおよそ、幾度も修羅場をくぐってきた故のものだろう。


 勇者が体を起こそうとするも、男はそれを許さない。詰め寄り、大剣を振り上げる。


 この一撃はまずい。勇者は本能的に回避を選択して、大剣の一撃を回避する。


 勇者のぶつかった木は、大剣によって真っ二つだ。もし、あれを受け止めたならば……。最悪、命はなかっただろう。


 男は勇者のほうを向いて、大剣を振り上げる。勇者は、2回の戦闘から詰めることはしない。


 互いに見合い、勇者と男の戦闘は硬直する。どちらも動かず、立ち位置は変えても視線はそらさない。


 戦闘が硬直してから数分。先にしかけたのは男だった。男は、足に転がる死体を勇者に向かって蹴り上げた。


「ゲスが!」


 宙を飛ぶ仲間の遺体をむげにもできず、勇者は思わず受け止めてしまう。簡単にできてしまった決定的な好機を、男が見逃すはずはない。


 男は大剣の刃先を勇者に向けて、猪のごとく突撃する。仲間を受け止めて、両手の塞がった勇者はまさに絶体絶命だ。


 大剣と勇者との距離が目と鼻の先になったその瞬間、勇者は身をひるがえして華麗によける。早すぎず遅すぎない完ぺきな回避には、手練れの男ですら対応はできない。


 勇者は仲間を地面におろして、顔をのぞきこむ。見開かれた瞳は、死に際の苦痛を訴えているようで心苦しくなる。


 「安らかに眠れ」。勇者はささやき、仲間のまぶたをそっと閉じる。そして、男に向き直り、勇者は静かに怒りを燃やした。


「勝利への手段を問わない姿勢、僕は嫌いじゃない。でもね、この手段は心の底から嫌いだ」


「ああそうかよ。俺も勇者一行おまえらが大嫌いだ。俺から全てを奪いやがって」


「それは僕も同じだよ。僕も貴様に奪われた」


 勇者が男をにらむと、男は急に笑いだす。狂ったように笑い、笑い続けて、ひとしきり笑えば息も絶え絶えに言葉を発した。


「同じ? 笑わせるな、お前は全てを奪われてない。全て奪われる苦しみを教えてやるよ」


「させるか!」


 勇者の怒りが爆発した。勇者は切りかかり、男は大剣で防ぐ。一時は勇者優勢のつばぜり合いだったが、徐々に男が押し始めた。


 勇者はいったん間合いをとり、間髪をいれずに次の一撃を繰り出す。左上、横、上、右上と連続で斬り続けた。


 男は反撃できず防戦一方になる。最初は追いついていた防御も次第に遅れ始め、ほころびが生じた。


「もらった!」


「っ!」


 勇者は剣を斜め上から振り下ろして男を斬りつける。だが、手応えが弱く、避けられたようだ。


 男の体には、左上から右下に向かって袈裟斬けさぎりの傷ができる。流れ出る血はとめどなく、男は片ひざをついて息を乱す。


 勇者は男に休息など与えない。再び詰め寄り、烈火のごとく攻める。男も立ち上がり応戦する。


 手負いの男は、本来の姿とほど遠い。攻撃を防げる回数は減り、傷はどんどんと増えていく。


 腕、胸、腹……勇者に刻まれた傷は、ゆうに10箇所を越えている。男がそれでも立ち続けて戦うのは、よほどの執念なのだろう。


「終わりにしよう」


 勇者は告げると、最後の攻めに出る。男の反応は数秒の遅れがあり、勇者の最後の一撃は防げそうにない。


 だというのに、男は微かに笑って余裕を見せる。血迷った――勇者はそう判断して攻めることはやめない。


 眼前に勇者が来た瞬間、男は口からなにかを吐き出した。勇者は無意識に目を閉じてしまい、顔には生暖かい感触が残る。


「しまった!」


 風を切る音が聞こえて、勇者は見えなくとも察することができる。男の大剣が、今にも自分に近づいていることを。


 すかさず後ろに飛ぶも一歩遅かった。刃先が胸元をかすめて、痛みに歯をくいしばる。

 勇者は目を開き、顔を手でぬぐえば男の吐いたものが明らかになる。


「血だと……」


 男が吐き出しのは血だった。自身の口内を傷つけ溜めたのか、それともせり上がる血を溜めたのか。どちらにせよ、勝ちへの執念はすさまじい。


 男は口から血を吐き捨てると、大剣を構える。勇者も体勢を低くして、切っ先を向ける。


 男の近くには何もなく、これ以上の仕掛けは考えられない。最後は、純粋な力比べだ。


「はああああ‼」

 勇者は加速する。最大出力の速さは高速を超えて、神速へと昇華する。男との間合いは一瞬にして数メートルとなった。


「殺す!」

 男は腰をひねり、大剣を横にする。勇者を目でとらえそして――


「……読んでいたのか」


 勇者の剣は男の腹部に突き刺さる。だが、それ以上に深く、男の大剣は勇者の腹部にくいこんでいた。


「……勘だ」


「そうか……そういうことにしておこう……。最後に教えてくれ、貴様の名前はなんだ」


「俺は――だ」


「いい名前だ……」


――――


 魔王を討伐した報せが届いてから一週間が経った。しかし、英雄である第99代勇者一行はまだ帰ってこない。


 ミンナノ王国の国民は今日もまた、勇者の帰りを信じて大通りにつめかける。

「まだあそこにいる」、「今ごろ困っている人を助けているに違いない」。大通りの国民は誰一人として不安を口にしなかった。


 だからなのだろう。魔王の残党により、勇者一行が全滅した報せにひどく動揺したのは。

 現実を否定する者、泣き崩れる者と国民は絶望した。同時に、国民は願うことになる。次の勇者を――。


 勇者――。それは証をもった一握りの内、たった一人しか慣れない特別な地位。いわく、体にできた稲妻のアザこそが勇者の証だ。


 いくら人為的に作ろうと、精巧に刻まれた稲妻では月とスッポンだ。そのため、稲妻のアザに絶対的な信頼が寄せられる。


 第100代勇者の候補はわずか4人しかいなかった。強い正義感、大きな優しさと多くは勇者に相応しい人物が多かった。その中で1人、異色を放つ男がいた。


 男の名はダルミス、またの名をダール。この物語の主人公だ。

 強面で身長は2メートルを越えるうえ、体は筋肉に覆われていた。見るからに怪物、勇者の二文字はかけらもなかった。


 さらにタンクトップに薄汚れた麻のズボンと身なりはひどく、無精ひげはそのまま。

 清潔感を置き去りにしたダールは、全てにおいて勇者候補とは一線を画す。もちろん悪い意味だ。


 こんななりだが、それでも勇者として真面目に。ということは一切なかった。


 タバコは常備、酒は毎日、ギャンブルは呼吸といった役満に加えてサボり常習犯だ。唯一出ていた剣術は、恵まれた体躯と天賦の才から常に一位だった。


 けれど、強いだけで勇者は務まらない。ダールは勇者候補から早々と外されて、歴代最速の離脱となった。


 それから数年後の世界、待望の第100代勇者が決まり、少し経ってから物語は始まる。

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