幼き誘い、虚しさ滴り

USHIかく

幼き誘い、虚しさ滴り

 ――駅から遠く、辺鄙で閑散とした公園。とっくに肌寒い時期となり、夕方の空にほのかに残る日の暮の明るさと寒さが寂しさを訴えているようだった。


 公園のベンチに腰を掛け、曇った空を見上げる。薄暗くなりつつある空にもまだ見える灰色の雲は、まるで心のうちの罪悪感と虚しさを表しているような気がした。


 ベンチのすぐ後ろには最近建て直されたトイレがある。この前までは見て呉れもオンボロで外からも男子トイレからの音が響いてきたのに、今や多目的トイレまで増設され随分と綺麗になった。――こんな外れの公園でよくもまあこんなにお金をかけるもんで。


 ――俺の人生はずっと不幸続きだった。結婚を決めていた彼女に浮気されインポになり、仕事をクビにされ無職歴も早数年。人肌恋しさすら思い出すこともできないアラサーだ。


 そんなこんなで今日もまた路頭に迷いながら時間を潰しに来た公園のベンチに座り込む。無線イヤホンで古臭いパンクロックをかけたまま空を見上げていたが、こんなことをしている暇はないと思うと音楽を聴き続けることすら嫌になり、多少手荒に耳から黒色の機械を取り外した。


 空と地面を交互に見るたびに、曇った心象がどんどん空っぽになっていくのを感じた。女も酒もエンタメももう効かない。タバコもパチンコも金がなくて辞めた。そしてオタク精神は学生時代に置いてきぼりだ。死のうと思っても実行になど移せない。それが毎日毎日、同じ虚無感を呼ぶのだった。


 堂々巡りの思考に過去の後悔が次々と押し寄せてくる。そのことに、何も考えないようにと目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。それがたったひとつの現実逃避だった。それでも煩悩を棄てた坊さんではないので、瞑想をしようとしても頭の中に懊悩の種が浮かび出てくることに変わりはなかった。


 そんなことがありつつも、静かに目を閉じて深呼吸をし、肌寒い秋風を感じながらベンチに座っていた。周りには誰もいない。聞こえるのは頭上を通り抜ける風の音だけだった。静かに、瞑想しようとしていた。


 ――どこかから、奇妙な音が聞こえる。穏やかな夕方の公園には似つかない、静かな広場にかすかに響く音。


 声だろうか。否、声だけではない。肌の音、水の音。色々な音が、どこからか響いてくる。――あれだろうか。嬌声なのだろうか。


 若い女の嬌声――そう思うと、複雑な感情が男の欲望を刺激してくる気がした。だが、そう思ったとしても、気のせいに違いない。頭の後ろ、周りから音が鳴っている。いよいよ環境音から女のエロい声の幻聴が聞こえ始めたのだ、とそう思った。


 しかし、下卑た想像を想起させるような音色が耳に届く。きっと瞑想しようとしていたら、今まで聞こえてこなかった周囲の音が組み合わさって聞こえてきて、それに過剰に反応してるだけなのだ。


 そう思うともう帰ろうという気持ちが生じた。そこで、缶コーヒーでも飲んでから帰宅することを決意した。ベンチから立ち上がり、公園の反対側に位置する自動販売機の前まで移動しようと歩くたびに風の冷たさを感じ、運動不足の脚はすぐに疲れを訴えかけるように鈍り始めた。


 金属のぶつかる音とともに落ちてきた缶コーヒーを取り出し、その横に立ちベンチの方を向いた。熱い缶は冷たい心と相反するかのような温度で冷え切った手を暖めていた。何も改善しないし何も変わらないとしても、この時間はリラックスできるのであった。ベンチに戻るか迷ったが、ゆっくりと歩きながら座りに戻ろうとした。


 ――その時、ベンチの裏に位置する立派な休憩所から、女性が出てきた。否、女性ではなく、女の子と呼びたくなる見た目。それはどう見ても小学生高学年か中学生くらいにしか見えない。大人っぽそうなパーカーを着て、下は膝上までの丈の可愛らしいミニスカートを履いていた。――しかし、その顔はメスの顔(・・・・)をしていた。


 恍惚とした表情――。とても整っており可愛い顔に見えるのに対し、その顔色からはまるで情事を済ませ身体を火照らせた女(・)にしか見えなかった。

 上半身からは発育の良さが窺えつつも控えめのプロポーションで、身長は平均的な女子学生くらいだろう。その色白でしなやかの脚に、街路灯の淡い赤橙色の光が照らされる。そこには、目を凝らすとテカテカと主張する液体の跡だ。男のいやらしい液体をその細い脚に垂らしていたのだ。きっと、女の淫らな物質も流れていたのだろう。


 幼き少女、それでいて大人びたこの少女が、穢らわしい大人の欲望に染まっている。その光景が、あまりにも非現実的に感じられた。――だからこそ、インモラルな欲望を悪魔的に刺激してのかもしれない。


 ――目が合った。あまりの衝撃に呆気にとられていたところ、硬直したまま見つめてしまっていた。心臓が高鳴り頭が真っ白になる。必死に目を逸らそうとしたその時、彼女は俺の瞳を覗いてきた。普通、見られてはいけない場面に遭遇した時、男女限らず人は誤魔化そうと必死になり己を正そうとするだろう。特に、女についてはそれが顕著なのかもしれないと思っていた。しかし、彼女は、俺に流し目をしたのだ。艷やかな目で、躊躇うことも隠すこともせず、雌の顔で俺に視線を送ったのだ。


 そのことに、俺は数年ぶりに蘇った性の欲で頭が埋め尽くされ、足を棒にして、棒も棒にしてしまっていた。――そして、いつのまにか、その幼き少女は視界から消えてしまっていた。気づいた途端に目で追ったが、視界の先の木々に阻まれ、艶美な幼い少女はいなくなってしまった。


 その後、俺の頭はエロガキのことでいっぱいになりつつも、欲望のためになぜか冷静になっていた。――もし見逃してなければ、男が出てくる。この年齢の娘に手を出すのは紛れもなく犯罪であるので、相手が大人であればできるだけ人に見られていないことを意識しながらそそくさと逃げる素振りを見せるだろう。相手が子供であったならそれもそれで驚きだが……。とにかく、その時、俺が目に入れば自分の欲(・)に支障をきたす。そう思い、自販機の後ろに身を潜め、荒ぶる心を宥めながら目的地を睥睨していた。

 ――計算通り、男が出てきた。スーツ姿の若い男だ。私の予想だと、同じか少し下くらいの年齢で、学校の教師だろう。あのような顔を見たことある気がする。男は、落ち着かない様子を隠せず、齷齪と逃げていくように公園から出た。


 未だ隠せぬ動揺のまま観察の機を逃す必要があるかというと、ない。

 まるでスパイになった気分で、遠くから様子をうかがった。メガネをしてきていたよかった。


 街路には、私を狂わせた少女がいた。その隣に、若い男がいた。二人は、そのまま歩いていった。

 先程の色っぽい雰囲気はもうどこにも残っていない。ただの少女と先生が、夕方にすれ違って歩いているようにしか感じられなかった。

 もしかしたら純粋な恋愛感情で、付き合っているだけなのかもしれない。

 それでも、そうは思えないと心のどこかが言っている。


 先程の光景は、幻覚だったのだろうか。胡蝶の夢だったのだろうか。

 そう思ったほうが楽かもしれない。しかし、昂ぶった心臓や体が証拠を言う。

 スマホのカメラを向けていなくとも、心のシャッターは間違いなくあの流し目を写していた。


 教師だと仮定した男を通報すればあいつの人生は終わりで、俺の勝ちだ。ただし、俺は何も得をしない。

 どうせ俺の人生だって終わりなんだ。やりたいことをやって、利用してみようじゃないか。

 そんなことを考えつつも、今はあの興奮で脳内が満たされていた。


 だが、家に帰り頭を冷やしたあと、俺のインポは治ってなどいなかった。AVに興奮することもできなかった。ロリっぽい格好をしたババアにも下半身の反応はない。


 しかし、あのシーン、そして行われていたであろう勝手な妄想は、死ぬほど捗った。

 寒く暗い公園に蔓延る幼い性――その光景が脳裏に焼き付いて仕方なかった。


 この日以来、俺はロリにしか興奮しない体になってしまったのだった。

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