放課後、紫陽花と毒
USHIかく
放課後、紫陽花と毒
──ポタッ。
教室の窓辺に、雨粒が滴る音が響く。
空虚を孕んだ空気には、生物の存在が感じられないようだった。しかし、意を感ずると見つかった魔を醸す女には、さりとて不可思議な蜜を感じ取れる。そう、甘い毒のようであった。
──ポタッ。
また水だ。いきなり雨が降り始めたにも関わらず、窓は全開のままであった。
辺鄙な学校の放課後、空は既に夕闇を照らし始めている。梅雨入りであろうか、校庭の紫陽花も眠るまま、まだ二人きりの時間としてはすぐに暗くなる。
二人きり。別段特別な関係でもないが、珍妙な近しさを持っている。
彼女の毒を僕は怯えない。寧ろ引き込まれる、蜜にも思えるからだ。
──ポタッ。
彼女の眼は、僕の眼を見る。目線が、奇妙にも絡めあう。
普通の制服を身に纏っているにも関わらず、禍々しいまでに艶やかさは、きっと、萌え袖なカーディガンのせいではないだろう。
圧倒的に美麗な見てくれながら、その眼鏡に先の瞳には計り知れない闇が眠っているだろう。徐々に強くなってきた強風が、彼女の黒く長く、美しい黒髪を激しく靡かせる。
一見怜悧ながら、その毒は年齢など概念の外へ追放する。
──ポタッ。
次に水が滴る時、教室の端から僕を見ていた彼女が、一歩ずつこちらへ歩み始めた。細い脚の先のローファーが、静かな教室に硬い音を響かせる。
僕の目の前に来た彼女は、また瞳の奥まで一瞥する。親みを感じる毒だ。
──ポタッ。
風が強くなった。机に放置されていた紙の類が吹き飛ばされた。それは、彼女の黒髪もそうであり。
たくさんの紙が吹き飛ばされ、一瞬、視界さえ遮られた。
その時、彼女の視線からは、美しい蜜を感じた。
言葉にしなくてもわかる。この女は危険だ。美しい。しかし、僕は彼女に必要で、彼女も僕に必要なのだ。
ふと、ゲリラ豪雨のように突如と雨がたくさん降り始めた。大雨の轟音が耳を阻んでくる。
彼女と目線がまた絡み合う、これが愛なのだろうか。知りたくもないな。
しかし、彼女の虚無感と孤独感が醸し出す毒という蜜に、慄きながらも引き込まれるのだ。嫉み傲りの情さえ感じさせる存在なのだ。
彼女の細く白い腕が僕の頭の後ろに回される。しなやかで艶やかだ。現実の感覚などなくなっていた。
「どうしたんだい、少年。君は僕から何が欲しいんだい?」
彼女の弱くて鈴のようでありながら、虚無感が感じ取れる声色であった。
僕も彼女のか弱い身体に腕をそっと回した。
頭も胸もとっくに狂っている。
僕もこの世界観に埋没して、彼女を言葉で愛撫する。
「君のその美しい眼を直接見たいんだ。眼鏡を外したい」
そういい、細い眼鏡を取る。
「あらあら、そしたら僕が君の眼を綺麗にみれないじゃないか。君の眼を覗くためにはめげねをつけなければな」
そういい、再度眼鏡をかけた。
これじゃあ平行線だと分かったが、彼女に飲み込まれることはままならなかった。
強くなり始めた小雨が窓から入り込み、彼女の眼鏡に水滴を被せる。
彼女の闇に呑み込まれたのであった。禍々しい毒は、かえって美しい毒だと思えた。人間の感覚離れした口付けには、ただ蜜に吸い込まれるだけだった。
ただ、一人の女としてもでありながら、唯一無二の特殊な存在であったのだろうか。
水の滴る音が聞こえていなかったことをを今思い出した。彼女の存在は聴覚さえも狂わせる。
──ポタッ。
また音が鳴る。
空虚な空気で、紫陽花の横、二人で傘のもとで歩む。
闇の愛が包み込んだ。
――世界が終わるのかもしれない。
放課後、紫陽花と毒 USHIかく @safchase
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