#4 楽しそうに雑談してから

 しばらく楽しそうに雑談してからリラは帰っていった。

 近所からふらりと薬をもらいに来たような雰囲気だったが、東大陸のベルティーナ王国に勤めているという息子たちと一緒に暮らしているような言い方だった。一体どこに住んでいてどうやってここまで来ているのだろう。不思議に思いながら、森の中へ消えていくリラの後ろ姿を玄関先から見送っていると、ニコラが難しい顔で「〈吾が手〉か」と呟く。

「さっきのって、ヨルマの話よね」

「うん。……東と西にはそれぞれ魔法使いを束ねる組織がある。東の魔法教会を〈払暁〉、西を〈祝祭の吾が手〉といって、西の教会の本拠地はトーヴァ共和国にあるんだ。あれ、見えるかな。あのでかい建物が本部」

 ニコラが指さすのは、丘の麓に広がる街並みだった。

 鮮やかな色合いの建物が並ぶ遥か向こうへ、ドーム型の屋根が並ぶ荘厳な建物群がある。風景や建物の造りはラサラと全く異なるが、正教会に似た建物なのだろうと予想はしていた。

「東と西では魔法に対する構えが違うんだ。西は魔法的に弱い傾向にある。だから〈災禍〉に対する警戒心も強い。東は俺みたいな古い魔法使いが何人か残っているせいで呑気っていうか、鷹揚なんだよな」

「……西大陸は、ヨルマにとって安全ではない?」

「少なくとも〈災禍〉の名乗りを上げてしまった今となっては」

 ルツィカはじっと黙ってニコラの横顔を見上げていた。

 どうすればいいのか。──どうするべきなのか。

 秘蹟の子として追われたルツィカの生活は、ラサラ教国を出たことでひと段落したことになる。だがその際、ビアンカたちを庇うために〈災禍〉の意思を継ぐと名乗ってしまったヨルマには、今後も新しい追手がかかるかもしれない。

 彼がビアンカから頼まれたのは、ルツィカをラサラ教国から連れ出すこと。

 紆余曲折あったがその頼み自体は達成したのだから、置いて行かれてもおかしくない。考え込むうちに自然と俯いていたルツィカに気付いて、ニコラは口元を緩めて微笑んだ。

「ルツィカ、魔法に興味はあるかい?」


 調合室に足を踏み入れるのは初めてだった。

 壁際に三口のコンロと流し台、それと広い作業台が設置してあり、反対側の壁は一面が抽斗になっている。細かく区切られた一つ一つの抽斗は、中に何が入っているのかわかるように、全てきちんとラベルが貼られていた。

 カドレアローズ、ニビタチバナ、ハルベリー、ミヤコウツギ、きみかげそう、恋なすび、ヒヨス、猿梨……植物と思しきものから、ほたる石、鶏冠石、金紅石、菫青石、天青石、辰砂と鉱物、それから動物の角や竜の鱗など多岐に渡る。どうやら虫の死骸までありそうだ。

 少し古びたラベルの字は、意外なほど女性的だった。

 ニコラってこんな字を書くんだ、と考えたのを見透かすようにニコラは「奥さんが医者でさ」とつぶやく。

「お……奥さん、いたの」

「いたよ。ついでに言うと俺、親父だしじじいだから」

「子どもも孫もいるのっ?」

 ニコラが三百歳であるということも、魔法で姿を変えていると聞いたことも忘れたわけではない。ただルツィカの前ではずっと十五歳くらいの姿でいたから、そういう発想に至ることがなかったのだ。

「ここはさ、元は二百五十年前に奥さんがベルティーナ王国で開いた診療所だったわけ。二百年前からは弟子に継がせて、そのとき建物ごとここに引っ越してきたんだけど、弟子もこのあいだ引退しちまって。仕方ないからここ二十年くらいは俺がやってんの」

「……奥さんも三百歳くらい?」

「生きてりゃあっちのほうが長生きだったろうな。百歳くらいで死んじゃったんだけどさ」

 あまりにもあっけらかんと言うものだから、立ち入ったことを聞いたと詫びることさえ失礼な気がして、ルツィカは何も答えられなかった。

 ニコラは沸騰した鍋に刻んだ材料を入れながら続けた。

「西大陸じゃあ、昔は三人に一人が魔石を持っていて魔法を使えたんだと」

「東大陸は違うの?」

「東はもう、ほとんどみんなって感じだったな。魔法は珍しいものじゃなかった。大体みんなが魔力を持っていて、魔力を献上して火の神に火を分けてもらったり、水の神に水をもらったり、魔力を直接操作して飛んだり動物になったり瞬間移動したり」

 ……だんだん話の内容がおとぎ話チックになってきた。

 ただ、ヨルマの魔法を間近に見た今となっては、そういう技術が確かにあるらしいと思える。

「二百年前に魔導式が開発されてからは、急速に魔法の均一化が進んだ。魔導式はみんなが同じ水準で魔法を使えるようにっていう技術で、大気中の魔素をエネルギーに変換して道具や機械を動かす。変換方法は何種類かあって、魔物から魔石を取り出したり、魔力の高い魔物の角を使ったり、まあ最終的には魔石に似た作用を持つ魔鉱石が発見されたんで今の主流はそれだな。現代の魔導式は、道具や機械それ自体に魔鉱石が嵌め込まれていて単独で起動することができる。大規模な変換装置は必要ない」

 ニコラはここでルツィカに視線を向けた。

「じゃあ、ラサラの魔導式を動かしていたエネルギー源は。正教会にある変換装置は……」

「そう。秘跡の子から取り出した魔石を使って、魔素を変換してる」

 自然と右手で胸元を握っていた。

 この心臓の隣にあるらしい、魔石とかいう見えない臓器。ルツィカと同じようにこれを持って生まれた子どもたちは、魔導式が導入されてから百年もの間、ラサラ教国中の魔導式を稼働するエネルギー源として殺され、消費されてきたのだ。

「百年前に魔導式はどうにか導入したものの、魔鉱石を輸入するコストが賄えなかったんだろう。ラサラはエネルギー変換技術が百年分遅れてる。加えて閉鎖的なお国柄、宗教国家ゆえの、特別な信徒は当然主や国のための犠牲となるべきだという教え」

 ルツィカが生活するために使っていた灯かりも、火も、水も全て、その子どもたちの命で動かしているのだ。

 ビアンカの弟もそのなかに入っている。

 そしてルツィカもそうなるはずだった。

「魔導式が開発されて普及していくと、只人の──魔石を持たない人々の出生率が上がった。人類に魔石はもう必要ないと、どこかの誰かが判断したんだろう。魔導式はそれまでの魔法に取って代わり、昔の純粋な魔法を使える人が極端に減って、そういうやつらは魔法族と呼ばれるようになった」

「ニコラはじゃあ、魔法族?」

「今ではそう呼ばれる」

 ニコラは箆で鍋をかき混ぜたり火を弱めたりしたあと、服の内ポケットから木の枝みたいなものを取り出した。

 枝の先を鍋に向けて、歌うように唱える。

「Ipsuum-Cleementinee/Sanaatio-Virgoo:CASSIINA/……」

 ニコラの古代語は、ヨルマが唱えるものよりも少し聞き取りやすかった。相変わらずなんと言っているのかはわからないけれど。

「Virgoo-Beneedicaat:Noobiishh/……」

 鍋の中でくつくつ煮えていた液体に、きらきらと光のつぶが降りかかる。

 ヨルマが使った火や水や、影の魔法のように効果が目に見えるわけではないようだ。なんの魔法をかけたのだろう。

「ヨルマも魔法を使うけど、魔法族なのかな」

「彼も魔石を持っているから、魔力を献上して魔法を使える。そういう意味では魔法族の仲間かもしれないけど……彼の場合は俺よりももっと昔の時代の生き物だからなぁ」

「ふるきひと、ってヨルマのことを呼んだよね」

「うん」調理台の火を消したニコラは、濡らした布で鍋の両脇を掴んで、作業台の上にある漉し器に中身を移した。新しい鍋の底に薬液が落ちて、上に張られた晒しの部分に不純物が取り残される。

 ヨルマが目を覚ました日にニコラは言っていた。心臓の代わりに魔石が入れられていると、そのおかげで治癒能力が高いのだと。

 彼はそれを「呪い」だと言った。罰のようなものだとも。

 では〈災禍〉の意思を継ぐ者とは?……『ふるきひと』とは?

 解らないことだらけだ。

「正確には、人間とは違う種族だ。彼らは神の血を引く種族であるといわれていた。俺もあまり詳しくないから、本人に訊いてみたら?」

 本人に訊いてみたらと言われても、ヨルマが自分から説明しないことを突っ込んで質問するのは不躾な感じがして抵抗がある。

 でも本人の知らないところでニコラにこっそり聞いておくというのもなかなか失礼だったなと、今更になってちょっと反省した。

「……ううん、いい」

「いいのか。お互い知らないことだらけだろ?」

 よくよく考えなくても、自分たちはほんの少し前に会ったばかりで、他人同然のふたりだ。ニコラの言う通り、お互いに知らないことのほうが多いのだった。

「ヨルマが話したいと思ったときに話してもらえたら、それでいいの」

 ニコラは少し黙って、そうか、と頷いた。

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