episode2

晩ご飯を食べ終わった後のまったりとした雰囲気が好きだ。

一緒にカレーを作り、一緒に食べた。たくさん作ったため明日のお昼ご飯と、夜ご飯にはカレーうどんにでもしよう。


朝にちゃんと起きた悠貴さんと違い昼に起きて昼寝までした私はこれからゲームして夜更かし計画を立てている。

晩ご飯を食べ終わった後は二人でゲームしたりアニメ見たりしているが、今日はその前に悠貴さんは台本チェックをしている。明日も仕事らしく、そこそこの分厚さの台本をペラペラ捲りつつ声の確認中。傍から見れば台本はまるで教科書みたいだ。

それを横目に見つつ冬の地獄のような皿洗いをし終わった後、煙草とライターとポケット灰皿を手にして、コートを羽織ってベランダに出る。


「さっむ……」


暖房が効いた部屋から真冬の外は温度差で震える。

しかし澄んだ空気は嫌いではない。深呼吸すると、体に冷たい空気が入ってきて頭が冴えるようだ。

煙草を1本取り出すと、箱が軽くなってきたことに気付く。買いにいかなければとは思うけど面倒で嫌になったのでまた明日考えよう。

ライターで火を点けると少しだけ暖かくて、かじかみそうな手に少し熱が伝わる。

煙草を吸い始めてからそれなりに長い時間が経った。いつから吸っていたかは覚えていない。健康に悪いだとか肺が黒くなるだとか言われているが、正直どうでもよかった。溜め息交じりに白い煙を吐き出す瞬間は心から落ち着くし、そんなことに比べたら寿命が縮むことなんてどうだっていい。そもそも長生きなんてしたくないし。

吐いた息と同時に煙が夜空に消えていく。そういえば悠貴さんと出会った日も今日みたいに寒い日だった。これまで生きてきてお姉さんのヒモになるという妄想はしてきたが、まさか本当になるとは思ってなかった。

人生何が起きるか分からないなんて言うけどどうやら本当だったらしい。


「隣、失礼」


吐いた煙が消えていく様子を見守っていると、部屋から悠貴さんが出てくる。家で仕事をしている時にかけている眼鏡がよく似合っている。ジャージ着てるのに。美人とはなんでも似合うものなんだとこの人を見ていると思い知らされる。今度また着せ替え人形になってもらおう。


「火点いてるので気をつけてください。あと寒いですよ。あと風邪引いたら困るでしょ」


「杏理の背中にひっついてれば凌げる」


「風よけ扱いですか」


「私のこと守ってくれないの?」


「用心棒ではなくヒモなので」


「そういえばそうだった」


と言いつつも私の背中にひっついてくる。

日々お疲れであろう家主を引っ剥がす気分にはなれなく、仕方なくそのままにしておく。背中も暖かいし。


「匂いつきますよ」


「このくらい大丈夫」


「それならいいですけど」


この会話はこれまで何度もしている。一応の確認なのだが、毎回同じ返事を返してくれるので安心出来る。


「今度のライブは来てくれるの?」


「応募はしましたよ。なのであとは運です」


「自信のほどは?」


「日頃の行い的には楽勝ですね」


「本当に?」


うなじをデコピンされた。異議ありらしい。別に何もしてないんだけども……いや、何もしてないからか。


「外れたら関係者席にでも入れてもらいますか」


「どういう関係?」


「ヒモですけど」


「ダメ」


「妹ってことには?」


「妹が居る設定はない」


「残念ですね」


ふと悠貴さんのお姉さんを思い出した。おとなしめでしっかり者の悠貴さんとは真反対のような性格のお姉さんで、普段ローテンション側の人間ばかりが周りに居るため相手をしているとなんだか疲れる。

いや、ふわふわ美人でかわいいんだけども。

会話が終わり煙を吐くと、夜の静けさを実感する。

二人で居ると沈黙さえも心地よい。お互いの性格や気分を理解して、受け入れる。だからこそ同居していてもあまり困る事はないし、気を遣うこともあまりない。


「寒いんだけど」


「部屋に入ってればいいじゃないですか……」


「そういうことじゃない」


「……火点いてますからね?」


「はいはい」


背中にひっついていた悠貴さんがお腹の方に回ってきた。定期的に悠貴さんがやってくることで、私の胸元に顔を埋めて心臓の鼓動を感じるのが好きらしい。今でこそこれにも慣れて平常心で煙草も普通に吸えるが、最初の頃は心臓の鼓動が早すぎてよく笑われていた。普通に考えてこんな美人にお腹に抱き着かれていたらそりゃそうなる。

ついでに空いた手で頭を撫でると更にご機嫌になる。ポケット灰皿と煙草持ってるから今は出来ないけど。……もう少しゆっくり煙草吸うか。






「もうそろそろ中入りますか」


「ん」


ポケット灰皿に吸い終わった煙草を擦り付ける。これからお風呂に入ってぬくぬくお布団に入って寝よう。私はアニメ消化とゲームだけど。


冬の夜風が肌を突き刺す。でもそれがどこかぬるま湯のように心地いい。

手を導かれて、温かい場所へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る