夢のような生活はカフェオレのように甘い
憂鬱
episode1
ぼんやりと、ゆったりと目を覚ます。
鬱陶しい携帯のアラームを聞いた訳でも、小鳥の囀りを聞いた訳でもないが、カーテンの隙間から射す陽射しがただ眩しくて、暗い部屋の隅に配置されているベッドから起き上がる。
自分が眠っていた枕の隣にもう一つ置かれている枕を触ってみる。
うーん。冷たい。隣に寝ていた人は数時間前にはとっくに起きていたと推測する。
しかし長い滑らかな髪の毛が枕に数本落ちているあたり、きっと寝坊でもして急いでいたのだろう。こういうところ几帳面だしなあの人。
明るい色の長い髪の毛は陽射しに照らされて輝いている。
綺麗な髪だなあと思いつつ、拾ってゴミ箱に捨てる。匂いでも嗅いでおくべきだったかと手を離した瞬間に若干後悔した。
明日こそは髪の匂いを嗅ごうと決意する。もちろん直接。
カーテンを開けると、起きた時の比じゃないくらい眩しくて目を細めてしまう。ついでに窓を開けると、冷たい空気が流れ込んできて身を震わせる。暖かい布団から別れを告げ、冬の冷たい空気を吸う瞬間は案外嫌いじゃなく、ひと満足して寝室を出る。
今日は何をしようかなと考えながら、ひとまず朝のカフェオレでも飲もうと台所へと歩いた。
適当に顔を洗い、適当に保湿をして、暖かいカフェオレを淹れて、こたつに入りながらちまちま飲む。
毎日の日課だが、なんて素晴らしい朝なんだろう。理想の朝を過ごすと一日の生活は彩られるとはよく言ったものだ。まぁ、今お昼だけど。
ちょっと濃いめに作ったカフェオレを飲みつつ携帯でゲームを開く。私にしては珍しく毎日飽きずにプレイしているソシャゲで、今日も今日とて最低限のログインボーナスとデイリーミッションはクリアしておく。
『行くぞ。我が主』
クエストを始めると、聞き慣れすぎた声を聞く。相変わらずいい声とビジュアルしてる。名前は春風。
春風を引き当てるために2万円ほど課金したし、愛着はかなりある。ちなみにそこから3体揃えるためにもう3万円課金した、というかさせられた。何種類かあるセリフだって聞きたい時にお願いすれば聞けるのに、今思えばちょっともったいないと思わないこともない。
『主よ、ご苦労だったな』
春風は柔らかな名前とは相対してクールなキャラで、少し低めでハリがある声。色々な声を出せる彼女の声の中でもかなり好きな部類。
今日のデイリーミッションを終わらせるために必殺技を打とうとしていたところに、電話が鳴る。かなしきかな、私の連絡先を知ってる人なんてたかが知れている。名前を確認しなくてもなんとなく分かる。
「ゲーム中だったんですけど」
「まだ寝てると思って」
「寝てると思って電話する方もなかなかでは?」
「今真っ昼間だけど」
「私には時間なんて関係ないし」
「それはそんなに誇らしげに言うことじゃない」
さっきまで聞いていた声と同じ声だ。少しだけ呆れ気味に聞こえるのはきっと気のせい。カフェオレを口に含んだが、心なしか若干苦い気がする。
「一応聞くけどご飯なにがいい?」
「一応ってなんですか」
「特に希望なさそうだから」
「私への期待なさすぎでしょ」
「なんかあるの?」
「特にないですけど」
「知ってた」
「貴女の手料理は全部美味しいからなんでもいいんですよ」
「なんでもいいが一番困るんだよ」
とても分かる。なんでもいいが一番困るのは世界の常識だ。
でも何かを指定すると、それはそれでめんどくさいとか材料がないとかで却下される時もある。する側もされる側もめんどくさい理不尽で難しい質問だ。
なにそれやだ地獄か。
「じゃあカレーで」
「消去法感。それ別に手料理じゃななくない?別にいいけど…。もうそろそろレッスン始まるから」
「ふぁいとー」
「はいはーい」
電話を切ると、静寂が部屋を包む。
中断していたゲームをそのままクリアし、デイリーミッションをコンプリートしたことに満足たので、カフェオレを飲み干して部屋やお風呂の掃除に取り掛かる。
面倒だけどしないと怒られて追い出されるので。
掃除終わったら……煙草吸ってお昼寝でもするか。
ぼんやりと、ゆったりと目を覚ます。
鬱陶しい携帯のアラームを聞いた訳でも、小鳥の囀りを聞いた訳でもない。
私の視界を照らすライトが「眩しいんですけど」
「二度寝しててむかついた」
「悠貴さんって美人ですよね」
「知ってるけど?」
「ご尊顔が見たいなって」
「目を開ければいいじゃないの?」
「悠貴さんが眩しすぎて見えないです」
眩しくて仰向けになった私の髪の毛あたりを照らしていたライトが消える。
気持ちのいいお昼寝だったのに。お昼寝ってよりはどっちかって言うと二度寝だけど。
「……おかえりなさい」
「ん」
私の意識は未だにただいましてこない。未だにお昼寝の心地良さから帰ってこず、ウトウトと頭が揺れている。あと同居人が帰ってきて安心したのも少しあるのかもしれない。
「お仕事どうでした?」
「いつも通り」
「疲れました?」
「これくらいでバテルほどヤワじゃない」
「さすが」
この人はめちゃめちゃ多忙な人だ。それ故に体力が凄い。私だったら一日仕事肩代わりしたら死にかけるくらい疲れる。
声優さんだから仕事があることは幸せなことなのだろうけど、忙しすぎて倒れたりしたら大変だ。私が家事のほとんどを引き受けなければならなくなる。それだけは回避したいので程々に休んでほしい。
「でもちょっとだけ疲れた」
「おつ!」
「うざっ」
精一杯の労いのつもりだったのに本気で嫌そうな顔をされた。
「だからコンビニでおやつ買ってきた」
自慢げな顔でバッグからプリンを二個取り出した。最近美味しいと話題になってたコンビニスイーツだ。そういう流行りには興味無い人だからなんか意外。
「ライブあるのに太っていいんですか?」
「あなたの分なしで」
「ごめんて」
デリケートな話題触れるのはいくら同居人とはいえ当然NG。最近お風呂上がり毎日体重計乗ってましたもんね。悠貴さんが乗った後に履歴を確認するとダイエットどころか徐々に増えていたのを私は知っている。
彼女のことなので最終的には間に合わせるとは思っているけど、あまり順調ではないようだ。……本当に間に合うのかな。心配になってきた。
数週間後に開催される同居人が出演する作品のライブ。そこそこ大きい規模でのライブらしく、それまでに痩せなければと1か月前の同居人は高らかに宣言していたが、やはり彼女も甘い物が好きな女の子。美味しそうなスイーツには勝てなかった。
「おやつ食べたらカレー一緒に作ろっか」
「まぁいいですけど」
「それじゃ決まりで」
ぐいーっと伸びをすると背骨が音をたてる。少しばかり長時間寝すぎたか。これはまた今日も夜更かしか。そしてまたお昼に起きる。
だんだんと目が冴えてきて、立ち上がってキッチンへ向かうと、お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。最初の方は違和感があったけど、2杯淹れることにももう慣れた。
寝起きの私のカップにはスティックシュガーを半分入れて、彼女のカップはブラックのまま。
ちょっとお湯が温すぎたかもしれない。コーヒーに溶けていくスティックシュガーを見つつ思う。
まぁ、こんなもんでいっか。
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