晴れ時々、飛び込み自殺

鮎河蛍石

晴れ時々、飛び込み自殺

 私は時を止めることができる。

 理屈は判らないが念じた間、時が止まるのだ。

 そして今日も時を止めた。

 駅のホームで電車を待っていたら、目の前で線路に飛び込むサラリーマンが現れたからだ。

 静止した時間中で、私は何とかサラリーマンをホームに引き上げ一息ついた。

 

「あのーそういうことされると困るんですよね」

「ひゃあ!」

 止まった時間の中で動けるのは私だけなのに、誰かに声を掛けられ驚いた。

「ああすみません驚かせてしまいましたね。私こういう者です」 

 私に声を掛けた白いカッターシャツを着た眼鏡の男は、ズボンのポケットより手帳を出した。

「時間警察…………」

「そうです。私共の仕事は時間の管理です」

「えっと、その…………私、なにかいけないことをしちゃいましたか?」

「現状では非常に不味い事ですね」

 眼鏡の男は申し訳なさそうに言う。

「本来であれば、あなたが線路から引き揚げた方はこのホームで亡くなる予定なのです」

「じゃあこの人を線路に戻せっていうんですか!」

「その通りです」

「それじゃあ私が殺したみたいになるじゃないですか」

 一度助けた命を棄損しろと男は言う。それは嫌すぎる。

「規則上、具体的には申し上げることができないのですが、この方がここで助かってしまうと、我々が管理する時間とは違う、新たな時間の流れが出来上がってしまうのです」

「それの何が困るって言うんですか?」

「これは参りましたね納得いただけませんか」

「ちゃんと質問に答えてください!」

 つい私は声を荒げてしまう。止まった時間の中とは言え大勢の人がいるホームでなので少し恥ずかしくなった。

「ザックリ説明しますと、我々が管理していない時間の流れが発生しますと、最悪世界が滅ぶと言う場合があるのです」

「サラリーマンを一人助けたぐらいで世界が滅ぶんなら、そんな世界滅んでしまった方がいいでしょうが!」

「おっしゃりたいことは判るのですが、バタフライエフェクトというものがありまして————」

「この行いが罪だとおっしゃるなら、私は進んで罪人になります」

 快速電車がけたたましいブレーキ音を轟かせホームに滑り込むと同時に悲鳴があがる。

「オイ誰か飛び込んだろ!」

 私の隣で電車を待っていた髪の色が明るい大学生が騒ぎ。

「あれ…………どうして…………」

 電車が轢く筈だったサラリーマンは再び動き出した時間の中で狼狽えた。


「ああ参ったな上司に怒られる」

 カッターシャツの男は苦虫を噛んだような顔をして、背中を丸めホームから去って行った。

 私はもしかするととんでもないことをしてしまったのかもしれない。

 ホームの屋根から覗く空は雲一つない青空なのに、なんだか違う色に見えたから。

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晴れ時々、飛び込み自殺 鮎河蛍石 @aomisora

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