第五話

 現場検証や他の子供、担任教師などにも聞き込みをして、戻る。

 進展があったようななかったような、微妙な感じだ。

 学校の中は、怯えたような、非日常にそわそわしているような、浮き足立った空気で満ちていた。学校では、いつもと違うことが起こるのは珍しいことだし仕方がない。

 子供達は我々の姿を物珍しげに見て、あれやこれやと噂話に花を咲かせていた。

「しっかりした子でしたね、あの子」

「ああ、祐一くん? 小学生って言ったって、高学年ともなるとああいう子もいるでしょ。個人差はあるだろうけどさ」

「そうですか? 僕があれくらいの頃はセミとかバッタとか追っかけ回してましたけど」

「個人差だなあ」

 他の目撃者からも話を聞いたけれど、新しい情報は得られなかった。

 祐一くんのランドセルからボロボロのアンパンマンが飛び出して来た。そして、それを仕込んだ犯人はわからない。田村家で祐一くんから聞いた話と一致する。

「登校時はなかった人形がランドセルから出て来た、ってことは犯人が学校に入り込んだってことでしょうか? 怖いですね。最悪学校内でもっとひどい事件が起きてたかもしれない」

「そう考えざるを得ないな。そして、祐一くんはおそらくアンパンマンではない」

 動画を残した犯人が、露骨なメッセージを再び送って来た。しかし、その意図は相変わらず不明瞭だ。

「えっ、なんでですか? 祐一くんがターゲットだから怖がらせにかかってるんじゃないんですか?」

「ランドセルに人形を仕込めるほど近づいたのなら、その時に殺した方がいい。みすみすチャンスをフイにしたってことは、ターゲットじゃないんだ」

「ほうほう、なるほど」

 そもそも、子供のランドセルからボロボロの人形が出て来たら、犯人にどういう得があるというんだ。怖がらせたいのならあの謎の動画だけで充分だったはず。

「意図がわからない。犯人はなにがしたいんだ」

「犯人自身も次のターゲットが誰なのか把握していなくて、ターゲットにだけ通じるメッセージを残して獲物を特定したいとか?」

「おお、冴えてるじゃないか。ありそう」

「この前コナンでそういう話見たんすよ」

「よくオフでまで事件見る気になるな」

「面白いですよ? 俺、全巻持ってるんで貸しましょうか?」

「遠慮するよ」

 仮に、あぶり出しのために犯人がメッセージを残したとする。

 その場合、メッセージを見た者の中に、犯人にはそれとわかる反応を示す人間がいるはず。その判別のために手の込んだことをしたのだから。

 でも、わかりやすく一人だけ反応が違う、という人はいなかった。みんな同じように驚き、怖がり、自分がアンパンマンかも、と不安になっていた。

 そして、一人だけアンパンマンが誰かわからないと、みんなとは違う反応を見せた祐一くんは、おそらくターゲットではない。

「なんで祐一くんを除く全員がアンパンマンは自分だって言ったんだ?」

「そりゃそうでしょ。僕だって無理矢理にでも「僕がアンパンマンかも」って言いますよ?」

 さも当然のように田島が言うので、戸惑ってしまう。

「えっ、なんで?」

「だって、アンパンマンが次に殺されるって話で、犯人はまだ捕まってなくてその辺をうろうろしてるんですよ? アンパンマンは自分だって言っとけば、警察が護衛してくれるかもしれないじゃないですか」

「確かに」

 そうだ。関係者の心理としては、怖いことに敏感になっているはず。そして、守ってもらえるのなら守って欲しいと考える。絶対に安全だという確証がないのなら、自分も襲われる可能性はあるということにして、警察の補助を望む。当然の話だ。

「じゃあ、自分がアンパンマンだと言わなかった祐一くんは、自分がターゲットじゃないって知ってたってことかな。もしかして犯人を知ってるとか?」

「違うと思います。あの子が犯人を知っていたとするなら、僕たちにそれを話さないのはおかしい。お母さんを殺した犯人に怒っていたようですし」

「だよなあ」

 ふう、とため息をつく。肩が凝って来た。散歩にでも行きたい。

「あの子も災難ですね。母親は殺されるし、クラスメイトとは仲良くないみたいですし、大事なおもちゃはよくわかんない不気味な使い方されるし」

「そうだな……」

 きっと、思い出のおもちゃもあったことだろう。どれも小さい子が好むような、きっと幼い頃に抱えて眠ったであろうおもちゃだ。今は使っていなかったとしても、それをあんな使い方されるなんて……。

「ん?」

 あれらはどれも、小学校高学年の子供が持つには違和感のあるものだ。

 おそらく、幼い頃に好んで使っていたとしても、さすがに今は押入れの奥に入れられていたはず。

 犯人はわざわざそんなものを探して引っ張り出してきたのだろうか? あまりにも不自然だ。

 コーヒーカップが空になった。小腹が空いた。お茶受けも欲しいな。

「おかわりとチョコいります?」

「ありがとう。気がきくね」

 あのメッセージの宛先は誰だ。

 動画と人形に込められた意図は。

 熱くて濃いコーヒーで、ミルクチョコを流し込む。一息つく。おいしい。やっぱりブラックコーヒーと甘いものの組み合わせは最高だ。いくらでも食べられそうだけど、食べる手を止めて考え事に集中する。

 今までに得た情報が、頭の中で飛び回る。

 コマ撮りの動画。人形。おもちゃ。アンパンマン。ばいきんまん。

 もう一口飲む。頭の中の靄がすっきりして、道筋が見えた。

「第一発見者は祐一くんだったね」

「はい。怖かったでしょうね」

 想像してみる。

 家に帰ると母親が死んでいる。すでに事切れていて、救急車を呼んでも無駄。自分の身近には、母と自分を毛嫌いして迫害してくる人間が多数いる。

「彼は母親の死体の前で、考えたんだろう。きっと犯人はお母さんにひどいことを言っていた人たちの中の誰かに違いない。どうすれば犯人を捕まえられるだろう、と。犯人は報いを受けるべきだ。このままだとひどい目にあうっておどかせば、自首するんじゃないだろうか、と。そして動画を撮ったんだ」

「えっ、犯人じゃなくて祐一くんが動画を撮ったって言うんですか?」

「子供でも作れるような簡単な動画だっただろう? 今時は学校の授業で動画投稿のやり方とかやるところもあるって聞くし、さほど不思議な話じゃない。小学生ユーチューバーとかもいるし」

「そうですけど。でもだからって、本当に子供があんなことするなんて」

「あんまり子供を甘く見ちゃいけないよ。それに、動画に使われたおもちゃは、祐一くんの年齢には不釣り合いなものたちだ。おそらく押入れにでもしまいこまれていたはず。それをわざわざ持ち出して使おうって思いつけるのも、保管場所を知っているのも、持ち主しかあり得ないんじゃないかな」

 田島が青い顔で黙る。ひとまず最後まで聞いてくれるらしい。

「動画の内容は、母と、犬と、アンパンマンが血の海に倒れるというもの。そして、犯人はばいきんまんを殺害した。やっつけたんだ」

 溶けたチョコが喉にまとわりつく。コーヒーで流し込んでも、喉にまとわりつくベタつきは完全には撮れなかった。

「じゃあ、アンパンマンの人形が指しているのは、犯人だってことですか?」

「そう。仮に犯人が祐一くんの読み通りクラスのグループラインのメンバーにいたとしたら、さぞ驚いたことだろう。自分が殺人を犯した現場で、身に覚えのない動画が撮られている。そして、思ったはずだ。ばいきんまんをやっつけた自分こそがアンパンマンだ。自分は誰かに報復される、と」

「うわ……。こわ……。ホラーじゃないですか」

 だから、わざわざ母親のスマホを使ってクラスのグループラインに投稿したんだ。確実に犯人の目に入るように。犯人が怖がるように。

「じゃあ、なんであんなわかりづらい動画にしたんです?」

「彼には、実際に犯人に危害を加える力がないからだ。もし動画の中で「殺してやる」と宣言したとして、いつまでたってもそれが実行されなければ恐怖は薄れるだろう。あの動画は、いくらでも解釈ができるような、恐怖の象徴でなければいけなかった」

 もう一度、動画を再生する。死体の前の血の海で踊る人形はいかにもオカルトチックで、苦手な人は夢に出るだろう。

「ランドセルにアンパンマン人形を入れたのも、祐一くんだろう。自分で自分のカバンに好きなものを入れるのなんて、簡単だ」

 電話が鳴る。とった田島の顔が青くなる。

「はい、はい。わかりました。……先輩。今度は学校の黒板にアンパンマンの指人形が釘で打ち付けられてたそうです」

「犯人が自首するか捕まるかするまで止まらないだろうね」

「どう対応しましょう……」

「いいじゃないか。子供のいたずらだ。警察の出る幕じゃない」

「なんですかその謎のおおらかさ……」

「実害が出るようなものでもないしね。もしかしたら本当に犯人が自首してくるかもしれない。そしたらあの子のお手柄だ」

 子供の世界は狭い。彼は母親の敵を学校の中にしか知らなかったから、その中にいるはずだと決めつけた。

 それが当たっているかどうかは、まだ我々にもわからない。

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