第四話

 つい先日来たばかりの田村家の居間に、再び通される。

「何度も押しかけてすみませんね」

 雅之さんはどうやら、家事が不慣れなようで、お茶を用意する手つきが若干ぎこちない。

「いえ、こちらこそ何度もご足労いただいて」

「おっ、茶柱」

 田島がのんきにお茶を味わっているので、「やめろ」の意を込めて軽く肘で小突く。

「ええと、それでは詳しいお話を聞かせてもらえますか?」

「祐一、自分で話せるか?」

「うん」

 祐一くんは、思いの外落ち着いている。母が殺され、自分もターゲットになるかもしれないというのに、肝の太い子だ。はっきりとした口調で、彼は話を始める。


 アンパンマンの人形が出て来たのは、僕のランドセルからです。

 ええと、その、教室でクラスメイトと喧嘩しまして。いえ、別に友達じゃありません。悪口を言われたので、ちょっとムカついちゃってランドセルをぶつけようとしたら、金具がちゃんと閉まってなくて。

 まずいと思ったら、中から出て来たのは入れたはずの教科書や筆箱じゃなくてボロボロのアンパンマンで。

 最初は、いじめっ子の仕業だと思いました。嫌がらせのために僕の教科書を捨てて、代わりに入れたのかと思ったんですけど、クラス全員怖がってるから、違うんだなってわかって。

 以上なんですけど、他に何か話さないといけないことってあるでしょうか。

 ああ、どうして喧嘩になったのかですか? あいつら、母さんのことを「ばいきんまん」だって言うんですよ。それで、ちょっと、はい。

 うちの母さん、ちょっと刺々しいと言うか、ヒステリックって言うか、保護者会とかで浮いてたらしくて。よそのお母さんたちには影で「ばいきんまん」って呼ばれてたみたいですね。声が特徴的でしたから、うちの母さん。

 それで、その話を聞いてた子が「お前んちのかーさん、ばいきんまんなんだってな」って。最近じゃ、そこから派生して僕のことを「かびるんるん」とか呼ぶ奴もいて。

 いや、普段だったら別に怒りませんよ。でも、その時は……「ばいきんまんがやっつけられたってほんとか? なんでかびるんるんはやられてないんだ?」って言われて、それでムカついて。

 確かに、いらない敵を作ったり恨みを買ったりするような性格の母でしたが、僕にとってはお母さんです。悪く言われたらいい気はしません。

 お母さんを殺した犯人は、お母さんをばいきんまん、って呼んでた人の中にいるんじゃないかと思うんですよ。

 もしかしたら、こいつの母親が僕の母さんを殺したかもしれないと思ったら、つい手が出ちゃって。

 犯人、きっと捕まえてくださいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る