栗のなぐさめ
教室に入って、まずつむぎちゃんの姿を探した。つむぎちゃんはもう教室に来ていて、自分の席で何をするでもなく、一人で座っていた。それに少しだけ違和感を覚えつつも、私はランドセルを置いてすぐさまつむぎちゃんの机の前に立った。
「おはよう、つむぎちゃん」
「……うん」
「えっと、その、この間のハイキングのことなんだけど……」
「……」
「その、怒ってる?」
「…………あ」
あいさつをしても、つむぎちゃんは返してくれない。ハイキングのときのことを話題にしても、返事もされない。やっと何か反応してくれたと思ったら、さっと立ち上がってどこかへ行ってしまった。
からっぽになった目の前の席に呆然としていると、すすすっといつも話しているグループの女の子たちが近づいてきた。そしてなぐさめるように声をかけられる。
「大丈夫、清夏ちゃん?」
「私たちも話しかけたんだけど、返事してくれないの」
「何かあったのかなって聞いても返事すらしてくれないし」
「……うん」
口々に話しかけられるけど、うまく返事ができない。私にだけ怒っているわけじゃなくて、ほかの子に対しても同じ態度みたいだ。それじゃ、みんなで何かしちゃったってこと? でも本当に心当たりがない。
そのとき、隣の子がひどく嫌そうな声を出した。
「なにあれ?」
「え?」
振り返ると、その視線のさきにはつむぎちゃんがいた。どうしてか、また魚沼くんに話しかけている。さっきとはうってかわって、楽しそうに笑っている。
そのあまりの変わりように、周りの女の子たちはすっかり気分を悪くしてしまった。特に、話している相手は魚沼くんだ。すっかりつむぎちゃんが悪者という空気になっていく中で、私はただただどうしていいかわからず立ちつくしていた。
それからも、できるだけつむぎちゃんに声をかけた。移動教室のときも一緒に行こうと声をかけたし、給食のときはおかわりがあるよと声をかけたり、掃除時間も自分の分はさっさと終わらせて手伝いに行ったりもした。でも、相手をしてくれない。
下校の時間になって、一緒に帰ろうと大きく声を上げたときには、目の前をすっと通り過ぎてしまった。そして、つむぎちゃんは先に教室を出た魚沼くんを追いかけていく。
「もうやめよう、清夏ちゃん」
「話しかけるだけ無駄だよ」
今日一日ずっと無視された私に、みんなが集まってくる。確かに悲しいし、さびしいし、ちょっと怒りたいような気もする。でも、それ以上に納得できない。だって、1年にも満たない付き合いだけど、でもこんなことをする子じゃないのに。
「なんか、つむぎちゃん、変じゃない?」
私がそう言うと、みんながそれぞれうなずいた。
「本当に変だよね、あの子」
「急に態度変えちゃってさ」
「というか、魚沼くんにべったりじゃん。興味ないとか言ってたくせに」
何気なく言った私の言葉が、つむぎちゃんへの悪口になってしまった。そんなつもりで言ったわけじゃなかった私は、悪口で盛り上がるグループからそっと離れて、一人で家へと帰った。いつもなら、途中までつむぎちゃんと一緒に帰るのに。
家の玄関を開けると、あたたかくて甘い香りが漂ってきた。リビングに行くと、お母さんが机の上に焼き栗があるわよと言った。見ると、茶色い紙袋がテーブルに置かれている。
私はランドセルを背負ったまま席について、そのままテーブルの上に顔を乗せた。泣きたいような、暴れたいような、話しかけてほしいような、そっとしてほしいような気持ちだった。全然わからない。明日になったら、元に戻ったりしないだろうか。でも、明日もこのままだったらどうしよう。
リビングの扉ががちゃと開いて、足元に冷たい空気が流れてきた。無言で近づいてきた足音は、そのまま私のななめ前の席に座った。顔をふせたまま、ちらり目線だけ向けると、お兄ちゃんが紙袋をびりびりと破いて、栗を広げていた。そして、そのまま皮付きの栗をぱきぱきと割っていって、皮と中身を分けていっている。何も考えたくなくて、私はぼうっとその様子を眺めていた。
ぱきんぱきんと皮が割れる音、ころん中身が出てくる。私は皮をむくのが苦手で、そのせいで栗はあんまり好きじゃない。昔、どっちがいっぱい栗をたくさんむけるかをお兄ちゃんと競争して、全然うまくできなくて大泣きしたことがあった。
お兄ちゃんはある程度皮を向いてしまうと、ころころと転がっている中身を2、3個口に放り込んだ。そして、なぜかそのまま立ち上がる。
「残りは食べてもいいぞ」
それだけ言って、リビングから出ていってしまった。
むくりと体を机の上から起こすと、皮の向かれた栗がごろごろとたくさん残っていた。一つつまんで食べると、じんわり甘くて、ほくほくおいしい。
「清夏、家に帰ってから、手を洗ったっけ?」
「……はーい。ごめんなさい」
私はいすから立ち上がって、洗面台まで手を洗いに行った。そうしているうちに、何となくさっきよりも気分がましになった。明日、明日ちゃんとつむぎちゃんとお話をしよう。だって、つむぎちゃんはこっちに転校してきて、初めてできた友達だ。クラスの空気に慣れない私のところまで来てくれて、いっしょに帰ろうと言ってくれた。だから、明日また声をかけよう。
そう決意をした私は、手をふいて、もう一度栗を食べた。
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