第83話 執行人と魔族少女
「あそこが盗賊団のアジトね」
月明かりの下――。
俺はシシリーと二人で盗賊団の拠点へとやって来ていた。
視線の先にあるのは簡素な木造りの建物で、窓からは僅かに光が漏れている。
既に時間は深夜遅く。もうじきすれば朝日が昇ってくる時間帯だったが、どうやら盗賊団の連中は眠りについていないらしい。
「酒盛り中か。呑気なことだ」
「でも、執行人サンにとってはちょうど良かったんじゃない?」
「ちょうど良かった? 俺が?」
「ええ。寝込みを襲うなんて、悪を裁く執行人っぽくないじゃない?」
シシリーは紫色の瞳を片方閉じて、ウインクしていた。
幼い容姿も相まって、子供らしい仕草に見えなくもない。
「……」
「どうしたの、執行人サン?」
「いや、別に」
「もしかして私に見惚れちゃった?」
シシリーが今度は俺のことを肘で突いてきた。
取り合うのも馬鹿らしいので無視する。
「でも、悪の盗賊団をやっつけようとしているなんて、童話に出てくる正義の英雄みたいでワクワクするわね」
「お前、子供っぽいところあるよな。実際の年齢は千歳以上だろ」
「あ、執行人サンってばひどい。それは乙女に絶対禁句なんだから」
シシリーはわざとらしく頬を膨らませていて、俺はどうにも調子が狂うなと溜息をつく。
まあいい、今は盗賊団の殲滅に集中しよう。
「それより、準備はいいか? 恐らく中には盗賊団の連中が大勢いるが」
「私と執行人サンなら、その辺の有象無象は相手にならないでしょう。問題は――」
「頭領の、アベンジオって男だな」
「ええ。来る途中でも話したけど、《魔晶石》には気をつけて。どんな能力が封じられているか分からないし、もし《魔晶石》を複数所持していて使える状態なら普通に脅威よ。例え扱うのが外道な人間だったとしてもね」
俺はシシリーの言葉に頷き、盗賊団のアジトの前まで歩を進めた。
「何だぁリック、また来たのか?」
油断を誘うためリックがしていたのと同じ回数でノックをすると、中から声がかけられる。
そして、呆気ないほど無警戒に扉が開かれた。
「だ、誰――」
――ドガッ!
扉を開けた禿げ男は手下の人間だろう。
顔を見るなり剣を抜こうとしたので、腹に掌底を見舞ってやった。
禿げ男は建物の中へと吹き飛んでいって、それが挨拶代わりとなる。
「邪魔するよ」
「何だ、お前ら?」
奥のソファーに座っていた長髪の男が、手にしていた酒器を置いて睨みつけてくる。
メイアから聞いていた外見と一致するし、座っていた位置からしてもこの男が頭領のアベンジオだろう。
「黒衣の……。お前、もしかしてリックが会ったっていう男か?」
俺はその問いには答えず、突然のことで立ち尽くしていた手下の中から適当な奴を選ぶ。
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対象:マーカス・アレント
執行係数:7472ポイント
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(……こいつでいいか)
俺が選んだのは頭にバンダナを巻いた男だ。
【執行人】の能力で表示させた名前を確認し、その男に向けて手を挙げた。
「よぉ、マーカス。久しぶりだな」
「は……?」
マーカスと呼ばれたバンダナの男が素っ頓狂な声を上げる。
「いつだったか、お前が酒場で教えてくれた情報のおかげでここが分かったよ。ノックの合図も教えてくれて、助かった」
「な、何だお前? 俺はお前のことなんか知らねえぞ……」
それは俺も同じだ。こいつとは初対面である。
「マーカス。てめぇ、俺たちのことを売りやがったのか?」
「そ、そんな、お頭! オレはこんな奴のことなんて知らねぇ! 本当だ! 信じてくれ!」
マーカスは必死の形相で訴えかけるが、アベンジオの中ですぐに疑念が晴れることはないだろう。
俺が警戒していたのは、《魔晶石》なりジョブスキルなりで、アベンジオがどこか別の場所に転移するなどの状況だ。
これまで何度かあったように、執行対象と繋がりを持つ人間が俺の傍にいる場合であれば問題は無い。が、今はリックがこの場にいない。
もし本当の情報源が知れてアベンジオの敵意がそちらに向いた場合、リックに危害が及ぶ可能性がある。
だから俺はアベンジオの注意が手下に向くよう一芝居打ったわけだ。
「そうか。この男がリックの《魔晶石》に対処できたのは、お前が情報を漏らしていたからか、マーカス。あの能力に初見で対応できる奴がいるなんて、おかしいと思ったぜ」
「ち、違っ――」
アベンジオがそう解釈するのも自然なことではあるが、こちらにとっては好都合だ。
後は本当のことが知れる前にアベンジオを執行すればいい。
「なるほど、さすが執行人サン。お上手ね」
シシリーが俺だけに聞こえる声で呟き、感心したように笑っていた。
「さて。仲間割れはその辺にしてもらうとして」
マーカスがアベンジオに殴られているのを見届けて、俺はシシリーに視線を送る。
シシリーはそれで意図を察し、アベンジオに向けて話を切り出した。
「私たち、貴方の持っている《魔晶石》について聞きたいの。それをどこから手に入れたか教えてくれない?」
「……」
「それ、普通に取れる石でも無いし、普通は使い方を誰かから聞いてないと扱えないはずなんだけどね」
シシリーはアベンジオがはめている《魔晶石》が取り付けられた指輪を差しながら尋ねる。
「嬢ちゃん、よく知ってるな。若えのに大したもんだ」
「ふふ。褒めてくれたのに悪いけど、私あいにく貴方みたいなむさい男には興味無いの。ゴメンね」
アベンジオを煽りつつ、何故かシシリーは俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
それを見たアベンジオが大きく息をついて反応する。
「どうやら、仲良くお話ってわけにもいかなそうだな。……おい」
アベンジオは苛立たしげに顎を動かし、手下たちに指示を出した。俺たちを襲えという命令だろう。
――仕方ない。鎮圧してから話を聞くとするか。
手下の男たちはそれぞれ武器を手にして、シシリーが腕を絡める俺に殺意のこもった目を向けてくる。
「てめぇ、見せつけてんじゃねえぞ!」
それは俺のせいじゃない気がするが……。
ぼやいても仕方ないかと切り替えて、俺は青白い文字列を表示させる。
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累計執行係数:19,528,509ポイント
執行係数6、000ポイントを消費し、《
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――承諾。
俺が手をかざすと、襲いかかってきた男が吹き飛ばされて壁に激突する。
《
「こ、この野郎! 何しやがった!」
次は奥にいた男が叫ぶ。
ジョブスキルを使ったのだろう。手のひら大の火球を生み出し、こちらに射出してきたので今度は《
「屋内で火遊びしたら危ないだろうが。火事にでもするつもりか?」
「そ、そんな……」
「くっそ! オレが行く!」
続いて他の男が棍棒を振りかざしながら駆けてくる。が、結局その攻撃も俺たちに当たることはなかった。
「か、かはっ……」
「駄目よ。貴方たち雑魚に構っている暇はないんだから」
見ると、男は棍棒を振りかざした体勢のまま固まっていて、手足を巨大な針のようなもので突き刺されていた。恐らく、シシリーが何かしらのジョブスキルを使用したのだろう。
当のシシリーが両手を優雅に広げ、妖艶な笑みを浮かべていた。
「がっ!」
「ぐえっ!」
「おぐぁ!」
まもなくして、アベンジオ以外の全ての盗賊団員が床に転がることとなった。
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