第61話 そして新たな依頼へ
「まさか、シシリーさんが魔人だったなんて……」
《セントールの森》にて。
シシリーが放ったゴーレムの集団を退けた後で、マーズは呆然と呟く。
俺は警戒して周囲を確認するが、襲ってくるような何かがいる気配はなかった。
「シシリー・グランドール。そして魔人族の復興、か……。またマルクと同じようなことを考える奴が現れるとはな」
「でもアデル様。少し変わった感じでしたね。外見が幼かったせいかもしれませんが、何だか子供っぽいというか無垢というか」
「確かにな……」
メイアの言う通り、シシリーには明確な殺気のようなものが無かった。
摑み所のない感じもマルクと似ている感じがしたし、何を考えているのかが読みにくい人物という印象だ。
「なあ。マーズはシシリーについて何か知っていることはないか?」
「すいません。シシリーさんはパーティーにいた頃は寡黙な人でしたから……」
そういえばマーズが言っていたな。
勇者の一団の中でシシリーだけは同じ村の出身ではないと。
パーティーにいた頃との変貌ぶりにマーズ自身も困惑しているようだった。
「シシリーは元から謎めいた奴だったからな。魔人だったなんて俺もびっくりだぜ」
「「「……」」」
声を上げた主を見て、その場にいた皆が驚き沈黙する。
皆の視線の先にいたのは勇者イブールだった。
「シシリーが俺のパーティーに入りたいって言い出したのも何か裏があったに違いねぇ。チッ、俺としたことがアイツの正体に気付けねぇとはな。……ってなんだお前らその目は」
「いや……。お前も何か感じ変わったな。丸くなったというか」
「う、うるせぇ! 別にお前に力を見せつけられて冷静になったとか、そんなんじゃねえからなッ!!」
イブールが放った言葉に、メイアやテティを始めとして冒険者たちもジトっとした目を向けていた。
「まあでも、お前に聖剣をぶった斬られたおかげかもしれねぇな、黒衣の執行人よ。俺は聖剣に選ばれたからって少しばかり浮かれてたみてえだ」
「「「少し?」」」
「な、なんだよ……」
イブールに対して皆が同時に声を発する。
何だか先程までの緊張感が消え去っていくようだった。
「改心したように振る舞うのは結構だがな。お前がマーズにしたことが消えたわけじゃないぞ」
「わ、分かってるよ。…………マーズ、ちょっとこっちに来い」
イブールはまだ横暴な雰囲気は多少残るものの、自分の言葉でマーズに語りかけているようだった。
そこに戦士の男も加わり三人で話を始める。
時折マーズの顔にも笑みが見えて、俺は一つ息をついた。
***
「とりあえず俺は故郷の村に戻ることにするよ。ちょっと鍛え直さねぇとな」
話を終えたらしく、イブールが戻ってきてそんなことを言った。
「そうか。マーズも一緒か?」
「いや、村に帰るのは俺と戦士だけだ。マーズには声をかけてる奴らもいるらしいからな」
マーズはそう言われて少し恐縮したような顔を浮かべたが、「俺たちも鍛え直してまた戻ってくるからよ」というイブールの言葉にしっかりと頷いていた。
「これで一件落着ですね、アデル様」
「ああ、そうだな……」
俺はメイアの言葉に頷きつつも、シシリーが残した言葉を頭の中で
――確か、隣国のルーンガイアの王女様が訪ねて来るとか言っていたな……。
それが何を意味するのか、何故シシリーにそんなことが分かるのかという疑問は解消できずにいた。
そうして思考を巡らせていると――、
「ああ、そうだ。黒衣の執行人さんよ」
別れようとしたイブールに声をかけられる。
「シシリーのことについてはさっきも言った通りよく分からねぇ。ただ、アイツが最後に言ってたルーンガイアって国のことについては知っていることがある」
「そうか。各国を旅していたんだったな、イブールたちは」
「ああ。ルーンガイアは閉鎖的な国で有名だが、仮にも俺は勇者だったからな。割と最近あの国に入る機会があった。でな、あの国には最近妙な組織ができていてな」
「妙な組織?」
俺の言葉にイブールは頷く。
「《救済の使徒》とかいう、新興宗教じみた名前の組織だ。名前からして怪しいだろ?」
「まあ、名前だけで決めつけるのはどうかと思うが……」
「国民の中でも熱狂的な信者が増えてきているらしい。とまあ、そんなことくらいだ。俺が知ってるのは」
イブールはそれだけ言い残すと、手をヒラヒラと振りながら去っていった。
――《救済の使徒》……。一応頭に入れておくか。
俺はそう心に留めて、《銀の林檎亭》へと戻ることにした。
そして、それからまた数日後の《銀の林檎亭》にて――。
「私、隣国ルーンガイアの王女、クレス・ルーンガイアと申します。黒衣の執行人様に依頼したいことがあって来ました」
シシリーが最後に残した言葉通り、隣国の王女クレスが俺の元へとやって来たのだった。
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