第45話 そして物語は始まりへ


   ◆◆◆


「そうか……。ラルゴがやられたか」


 ブライト家の屋敷にて。

 メイアの父――ヴァン・ブライトは静かに呟いた。


「所詮、奴は我ら一族の長となるだけの器がなかったということだ。メイアももう戻ってはこまい」

「良いのかい? 君の子供たちなんだろう?」


 ヴァンの言葉にそう返したのは、黒い瘴気を纏った少年だった。

 その少年は慇懃無礼な態度でヴァンに語りかけるが、ヴァンはそれを特に気にする様子もなく答える。


「我は私怨では動かぬ。それより、そのアデル・ヴァンダールとかいう男。お主の事前の報告と随分異なっているようだが?」

「ああ、うん。彼の能力については完全に僕が見誤ったね。君の娘の初任務として丁度良いって勧めたのも謝るよ。ほら、この通りだ」


 うやうやしく礼をした少年を冷ややかに見て、ヴァンは嘆息する。


 この少年にはこういう掴みどころの無い印象がある。

 そもそもアデル・ヴァンダールの能力を知らなかったというのも怪しいものだ。


 まるで自分たちを駒にして試していたのではないかと、そう考えられなくもない。

 それどころか、どこか楽しんでいるような……。


 そこまで考えてヴァンは少年に声をかける。


「もうよい。割に合う仕事でなくなった以上、そのアデル・ヴァンダールに関わる必要もあるまい。……我にとって真に重要なのは、お主の『計画』についてだ。人類総支配化計画という名の、な……」

「ああ。そっちは今のところ抜かりなく進んでいるから大丈夫さ。もっとも、実行に動いているのは僕じゃなく国王様だけどね」

「そうか。なら、任せるとしよう。シャルル・ヴァンダール国王陛下にな」


 ヴァンがそこまで言うと少年は満足げに笑い、その場を後にしようとする。


「それじゃ、僕は行くよ。また何かあったら君に依頼するから」

「ああ。ではまた、な。マルク殿――」



   ◆◆◆



「お待たせしました、アデルさん」

「もう良いのか?」

「はい。ちゃんと報告、できましたから」


 雪で彩られた丘――。

 襲ってきたラルゴを退けた翌日、俺たちはメイアの母親の墓があるという墓所を訪れていた。


「さて、と。これからどうするか……」


 昨日、ラルゴに襲われた一件もあって俺たちは警戒していたが、新しい追っ手が来るようなことは無かった。

 メイアの父親の動向も気にはなったが、今のところ俺たちに干渉してくるような様子は無い。


 もちろんまだ油断はできないが、今は俺も執行人のジョブ能力の使い方を理解している。

 危害を加えようと近づいてくる輩であれば撃退できるはずだ。


「アデルさん」

「ん?」


 思考を巡らせていると、隣に立つメイアに声をかけられる。


「アデルさんはどうして、あんなにも私のことを助けようとしてくれたんですか?」

「……」


 昨日のラルゴとの戦闘中のことだろう。

 それを言うならメイアこそどうしてと思うが、きっとメイアは「私がそうしたいと思ったから」などとお人好しなことを言うに違いない。


「林檎、貰ったからな」

「え……?」


 俺の答えを聞いて、メイアが意外そうに呟く。


「林檎一つでもな、俺にとっちゃ王宮で喰ってきたどんなご馳走よりも旨く感じたんだよ。それに、あんな最悪な状態の俺に手を差し伸べてくれる人がいることは本当に嬉しかった。だから、それが理由だ」


 そこまで言うと、メイアは吹き出すように笑い、銀髪を揺らす。


「アデルさんって、お人好しですね」


 ……それはメイアにだけは言われたくない。


「別にいいだろ」

「そうですね。別にいいです」


 メイアはそう言うと、青く済んだ空を見上げた。

 そして真っ直ぐな瞳を俺に向ける。


「よし、決めました! 私、アデルさんとご一緒したいです!」

「……良いのか? 俺には行く宛なんて無いぞ」

「それは私も同じです。もちろん、アデルさんさえよろしければ、ですが」


 メイアが頬を少し赤く染めて、俺を覗いてくる。


 ――断る理由は無い、な……。


「じゃあ、これからよろしく。メイア」

「あ……。はいっ!」


 メイアが差し出した俺の手を取る。

 その顔はとても嬉しそうで、少し照れくさくなった。


「それから、もう一つ」


 と、メイアが俺の手を握ったままで顔を伏せた。


「私を救っていただいて、本当にありがとうございました。私は一生かけてでもこのご恩をお返しするため、あなたに仕えます。だから――」

「……」

「だから、こちらこそよろしくお願いします。アデル――」


 その言葉を聞いて、俺は少しだけ昔のことに思いを馳せる。


 王家を追放されてから色々あった。


 その日を生きることさえ精一杯で……。

 けれど、結果として俺は一人の女の子を救うことができた。


 顔を上げてメイアが涙を浮かべながら笑うのを見て、それで良かったのだと、そう思えた。


 ――そうだな。十分すぎる。


「さて! それじゃあこれからどうしましょうか、アデル様」


 メイアが切り替えたように明るい口調で言った。


「幸い、お金ならここにたくさんありますしね」

「抜け目ないな」


 メイアが持っているのは洞窟で俺に渡してきた麻袋だ。

 元は俺が逃げるためといって用意された金だったが、メイアに返そうとしたところ「じゃあ二人のお金にしましょう」と言われていた。


「アデル様は何かやりたいことありますか?」

「そうだな、やりたいことか……」


 メイアに問いかけられ、考える。


 そして、王家を追放された後に考えていたことを思い浮かべる。


 俺は理不尽が嫌いだ。

 俺もメイアも、他人が振りまく理不尽に苦しめられた。


 だから、同じようなことで苦しむ人がいるなら力になりたいと思うし、理不尽を振りまく輩がいるならぶっ飛ばしてやりたいとも思う。


 そんな漠然としたことを伝えると、メイアは笑って頷いてくれた。


「とても素敵なお考えだと思います。苦しんでいる人が頼る《復讐代行屋》なんて良いかもしれませんね。アデル様のジョブ能力にもぴったりな気がしますし」

「とは言っても、表立ってやるのはマズいよな。……そうだな。表向きは酒場でもやるか。その方が情報収集なんかもしやすくなるだろうし」

「あ、良いですね! 私、酒場にお花とかたくさん置きたいです!」


 いや、それはどうかと思うが……。

 目を輝かせているメイアを見て俺は苦笑する。


 これがメイアの素の姿なんだろう。

 だとしたら、悪い気はしなかった。


「そうとなれば、お店の名前を決めなきゃいけませんね。アデル様、決めちゃってください!」

「それはまだ気が早いと思うが……。でも、名前か。そうだな――」


 俺の言葉を待つメイアの銀髪が風に揺れる。

 雪景色と相まって、やはり綺麗だなとそう思った。


 そして俺は思いついた名前を口に出す。


 《銀の林檎亭》というのはどうか、と――。


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