第3話

「それでいつまでに原稿が必要なの?」

 私は葬儀場の案内係のように突っ立っている野口に聞いた。

「今すぐです」野口は表情を変えずに即答した。

「今すぐできるわけないじゃない。何言ってんの? あんた本当に大丈夫」

「すいません、それはあくまでも理想でした。ご存知とは思いますが一時間ドラマの場合、通常は撮影期間六日間です。もろもろ無理をお願いして圧縮しても最低四日は必要です、山崎さん今日は何日だかお分かりですか?」

「えっ、もう三時過ぎてるから十四日でしょ」

「最終回の放送日は十二月二十日(金)です」

「ギリギリ六日間あるってこと?」

「そうじゃないんです。編集と音の仕上げがあります。編集二日、音の仕上げ一日の三日は必要です。そして局への納品は放送前日までです」

「今日土曜よ。木曜が納品、月、火、水仕上げとという事は、書く時間どころか撮影する時間ももう無いじゃないの」

「そうなんです、もう限界の限界を超えてます。普通じゃ間に合わないんです。見てくださいこれが私がスタッフと相談して作った最終防衛ラインです」

 その表には撮影、仕上げの同時進行スケジュールが時間単位に細かくきれいに書かれていた。こういう事務的なことが野口は得意なのかもしれない。抜擢されたことが良かったのか悪かったのか。

「まず、メインの警察署のセットはスタジオの都合で十六日(月)、十七日(火)の二日間だけになります」

「もっと増やせないの」

「当初十二月十日で終了予定でしたので、次のドラマに別スタジオに移ってもらい、出演者事務所に謝りまくって何とか勝ち取ったんです。大赤字です。それもこれも淡路さんが原因です」

 書類を差す野口の指が高まる感情でふるえていた。

「撮影は最大三十六時間、レギュラー出演者が揃うのはそこまです。台本印刷やスタッフ配布を考えると十六日(月)の朝六時が締め切りです」

「今日と明日しかないじゃない。無理でしょ」強引すぎるスケジュールに私は呆れた。

「無理って言わないで下さい、スタッフも出演者も不眠不休で頑張ってるんです。視聴者もみんな最終回を待ってるんです。それを投げ出さないで下さい!」

「ちょっと、私はさっきあなたに事情分からず無理やり巻き込まれたんだからね、いい加減にしてよ」

「あーっ、すいません。僕もどうかしちゃってまして、今は山崎先生しか信頼してお願いできる人いないんです」

「もう、分かったからとにかく今からなんでもいいから書き出して、月曜朝に完成させれば私は解放されるのね」

「はい。ただ何でもいいわけじゃなくて多少制約があります。今から新しい人物をキャスティングすることはできませんの登場させないで下さい」

「それはいくら何でも無理。刑事モノでしょ、犯人いるんでしょ。新しい登場人物なしで話書けないわよ」

 それを聞いた野口は、突然涙を流しだした。

「ドラマを作ることが俺の夢だったんです。せっかくめぐって来たチャンスだったのに、こんな目にあうなんて」

「泣くなばか、私が泣きたいよ。ドラマ見てない私が四十八時間弱で最終回書けって言われてるんだよ」

「僕も散々会議でつるし上げを食らいましたよ。今は山崎さんだけが最後の希望なんです」

「勝手に決めんな、とりあえず一話から九話までの台本と、ドラマのDVD持ってきて」

「引き受けていただけるんですか、よろしくお願いします」

「超高速でやるからには料金は高いからね。それと他に何か約束事あるんだったら今のうちに教えておいて」

「はい、あります。外のロケは今から撮影許可出るところありませんので局内だけでお願いします」

「警察とテレビ局の建物だけ、絵替わり全然しないわね。作り手の都合と制約だらけじゃないの」

「それもこれも淡路さんが……」また野口が涙ぐむ。

「いない人を責めてもしょうがないでしょ。私は家に帰って内容を整理して夕方には連絡します」

 DVDと台本を局の紙袋に入れてもらうと、ようやく私は深夜の地獄の会議室から解放された。


 帰りのタクシーの中で私は冷静になって考えた。

 これは、大変な仕事を受けてしまった。

 連ドラの最終回だけを実質一日半でゼロから書き上げるなんてまともなものができるわけない。相手に乗せられ興奮していたとはいえ、本来最低一週間は必要だ。どうかしていた。

 その一方で、それでも私にはやってみたいと思う理由があったことも事実だった。やるなら私が一番適任だという自負だった。

 先生の脚本のツボは他の誰より知っているつもりだった。淡路が人妻との不倫の為に、脚本の締め切りを伸ばすようなクズ人間といえども、今でも構成は時間をかけてしっかり作っていた。連ドラを書く上でエンディングが見えていないで書き出すタイプではない。九話までなんとか脚本が出来ているということは、そこまでの前振り、伏線を見ていけば最終回は想像できるはず。

 一日二万文字ペースのハードスケジュールの仕事は何度かある。

 構成が決まって書くだけなら一時間ドラマ約三万字、一日半で出来なくはない。それに野口の話では最終回の冒頭十ページは既に書き上げてるという。どうせセリフは俳優と監督で勝手に現場で変えるだろうから、撮影の設計図程度の本はでっち上げれる勝算があった。

 そう考えると、今は少し仮眠をとって体力を回復しておきたい。スッキリした頭で台本を見直しストーリーの縦軸を再構築。その後DVDで俳優のキャラをチェックし、夕方までには方針とプロットを決める。そこから書き始めれば、何とか月曜の朝までには形になるような気がした。 

 そう思い込もうとしていた。とにかく一度寝たかった。目が覚めた時には今起こっているトラブルが全て夢だったということもあるかもしれない。タクシーの中から夜の街を見ていると、淡路の人を食ったような笑い顔が頭に浮かんだ。

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