第19話 まぁまぁの胃もたれ
激辛ラーメン店の表に出ると、三人は揃って空を仰ぎ見た。
外の風が気持ちよく感じる。
「俺たち頑張ったな」舟橋は満足そうに言った。
しかし、再捜査的には何の収穫もなく、余計な激辛ラーメンのせいで気分はさらに重くなった。顔からはまだ汗が流れる。
「私ちょっとお手洗い行ってきます」
晶子は顔とお腹が心配で店に戻った。
「先輩どうします」鴇田も無駄に疲れきった様子だ。
「あぁ、何か気分悪くなって来たなぁ。鴇田巡査、現在時刻報告」
「はい、午後三時二〇分であります」
「今から、被害者の行った工場全部回るのは無理だな」
「そうですね。土曜ですし、休業のところも、あるかもしれないです」
食べ疲れから、二人も投げやりな感じになっていた。
「よし、被害者が最後に寄った所だけにしよう。そこがもし休みだったら、その前のとこでいいや」
「そうですね」
「今日はそれで終わり。これで決まりだ」
ここに来て急に雑な決定だったが、炭水化物で糖過剰な状態の二人は細かな判断ができなくなっていた。
「鴇田、今から連絡とってくれ、その間、俺タバコ一服するわ」
「はい」
鴇田は電話をかけに少し離れ、舟橋は店の横にある喫煙スペースへ向かい、灰色のタバコ客の中に溶け込んでいった。
晶子が店から出ると、タバコ場の舟橋を見つけた。
「あれ、鴇田さんは?」
「この後行く工場にその辺で電話してるよ」面倒くさそうに答える舟橋。
「抜き打ちで行くから、いいんじゃないですか、電話なんかしたら、証拠隠蔽されるかも知れないですよ」
「でも、工場が休みだったら元も子も無いだろ。ただ、今みたいに腹一杯だとボーッとして目の前に証拠が落ちてても見逃すかもな。ハハハ」
舟橋はその場にしゃがみこんだ。疲れたその姿は、どう見ても隣のパチンコ屋から出て来た、負けこんでる客にしか見えない。
晶子は煙を避けつつ、風上のプラ製ベンチに腰掛けた。
ラーメン屋にはまだ席待ちの客が並んでいた。この店は怪しいと思えば怪しいが、これだけ流行っている店で一人の客に毒を盛るメリットがない。
被害者は、わざわざ有名な激辛ラーメン屋を探して来た。それだけだ。
何か店とトラブルでもあれば別だが、あの店長の軽い様子だと、毒殺という姑息な手段を取るとは思えない。従業員も留学生中心だし、被害者との接点はなかなか思いつかない。
しかも二十四時間営業の混雑店。厨房でも、店内でも、人が多くて、こっそりと毒を盛るようなスキはなさそうだ。
晶子はカバンから、君津の名水を出して飲んだ。極辛ラーメンの後だからか、さっきよりおいしく感じる。
はぁ、この後どうなるんだろう。
駐車場の向こうから鴇田が走ってきた。
「先輩、良かったです。被害者が最後に行った工場は今日もやってました。森田さんと会って話しをした社長もいるようです」
「よし、すぐ乗り込むぞ。害者が一番長くいた場所だからな、何か問題あった可能性大だ。徹底的に追い込んでやる」
舟橋の変な意気込みに、喫煙所のパチンコ系おじさん達がゾワッと反応した。
「車回してきます」
キビキビ動く鴇田に、舟橋は自分の財布を取り出して「ちょっと待って、ついでに缶コーヒー買ってきてくれ。お前の分も買っていいから」と小銭を渡した。
「市川さんの分はどうします」
「あいつは、さっきホテルから水盗んでるから、いらないだろ」
舟橋のだみ声が、こっそり言ってるつもりでも聞こえてる。
その後、車に乗り込んだ三人は、胃疲れからか、これから行く工場への不安からか、やけに静かだった。
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