第17話 地獄百景ラーメン

 『君津署様ご予約席』

 手書きの紙がただ置かれた四人掛けのテーブルに、単調は晶子たちを案内した。

 表で並んでいる人が、このテーブルを見たら『警察との癒着』を疑われかねない。

 三人が座るとなぜか店長も椅子を持ってきてテーブル脇に座った。

「はい、こちらお待たせしました」

 店長が座るのが合図のように、芸人蛙亭の女性に似た店員が、目の前に真っ赤なスープの入ったラーメン鉢を持って来た。

「リーさん、この席で食べてた例のお客さんのこと話してあげて」

 この人も外国人だった。

 店長はその蛙亭似の中国系店員に話を振った。

「前も言ったんですけど、印象あまりないですね。ただスーツ着た暗い人だったです」

 蛙亭似の店員はそっけなく言った。

「そしてこれが水曜日に、亡くなったお客さんがウチで食べたラーメンです」店長は晶子たちの反応を伺った。

 目の前にあるのはラーメンとは思えない、ただの真っ赤なペースト状のスープ。麺も具も埋もれていて見えない。舟橋は、なっ? これだとありえるよな、と言う感じラーメン死亡説を再び推すようなリアクションをした。晶子も心細くなって聞いた。

「どれくらい辛いですか?」

「わかりません。私、食べたことないです」蛙亭似の店員は笑うだけ。

 食べたことないんかい。

「これが、この店で一番辛いやつですか?」さらに舟橋が聞く。

「いいえ違います。二番目です」口を挟んだのは蛙亭だった。

 店長はテーブルに置かれているメニューを掴むと、「うちは辛さが六段階になってまして、下から旨辛、暴走辛口、暴走激辛とここ までがオススメレベルです」と嬉しそうに指さして説明をした。

 確かに全種類のラーメンに『辛マーク』がついている。メニューに普通のラーメンなど存在しない。

「その上に特製裏メニューというのがありまして、ちょっとメニュー裏返してもらっていいですか」

 安直な裏メニューだ。

 メニューを裏返すと真っ赤な台紙に表以上に大きくラーメンの写真と説明が書かれていた。

「説明しますね、まず入門編はこれ、『ナイアガラ』。これは食べると汗が滝のように流れるからナイアガラです。その次、『地獄百景』それは、地獄の針の山を食べるよりツラいという意味です。そしてウチで一番辛いのが『絶対零度』です」

「どういう意味ですか」晶子が聞いた。

「食べると辛さ通り過ぎて、今度は寒くなる感じということで私がつけました」

 嬉しそうに説明する店長。

「今みなさんの目の前にあるのが、二番目に辛い地獄百景ラーメンです。レジの記録を見て君津で亡くなったというお客さんが、食べていたことが分かってます」

 説明を聞いただけで、さらに食べたくなくなってきた。舟橋も表情が固まっている、鴇田もすでに水を飲み始めている。

 晶子も水を飲んだ。もうこの水すら変な味がする。

「店長、この『絶対零度』はどれくらい唐辛子入っているんですか?」晶子が一応聞いてみた。

「上級レベルの三つの種類は唐辛子の量は一緒なんです。もうこれ以上は混ぜようがないので、具の違いだけなんです。ナイアガラと地獄百景はモヤシとキャベツが入ってます。野菜が入ると甘みが出るのでまろやかになります。絶対零度は野菜の代わりに炒めた青唐辛子が入ってます。客の逃げ場をなくしました」

 物騒なラーメンだ。

 被害者の急死と激辛ラーメンの因果関係を主張する舟橋にとっては、この暴力的な食べ物の登場は、容疑のアドバンテージになるはずだが、「どれも地獄だな……」と今は目の前の事態の収拾に頭は一杯のようだった。

 この中では、まだ食欲はありそうな鴇田さんが、心細そうに「どんな味なんですか?」と店長に聞いた。

「私はもちろん食べてますが、もうこれ位になると、味なんてわかんないですよ、その日の体調によって旨く感じたり、きつく感じたり変わってきます。その人の生き方と関係があるみたいですね」訳の分からない答えをした店長の目は据わっていた。

「でも、完食する人ってそんなにいませんよね?」鴇田も怯えていた。

「いますよ、結構。土日は東京から挑戦しに来る人もいますし、一日あたり地獄で二、三〇杯、零も十杯位出ます。アクアラインの渋滞も眠さがふっ跳ぶって好評です。カフェイン飲むよりこっちの方がいいって言ってますよ」

 味じゃないんだ、客が求めているのは。

「確かに食べログのレビューに、『旨さや辛さの次元を超えた、痛さと精神力、自分との闘い』って書いてありますね」

 鴇田はスマホを見ながら説明補足した。

「でしょ、何かウチのお客さんそういう哲学的な人多いんですよ」店長から変な笑みがこぼれた。

 哲学的か? 注文して後悔しているだけじゃないのか。

 晶子はさらに心配になった。

「家族連れで、もし子供とか来た場合はどうするんですか?」

「昔は唐辛子入れないラーメンも作ってたんですが、厨房で唐辛子の成分が飛散しているらしくて、もう水も辛いらしいんです。だからうちは辛党の子共しか無理ですね」

 辛党の子っているのか? 確かにさっき出された水すら、ちょっと味が変な気がする。

「では、ごゆっくり。いつも警察の皆さんにはお世話になってますので、今日はサービスですので、どんどん食べてください」

 店長は席を立つと、店内を回って客と握手したり、写真を撮ったりファンサービスを始めた。激辛のファンの間では、相当な有名人のようだ。

 店長は去ったが、ラーメンは去らない。三人のテーブルには緊張感だけが残った。

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