第18話 星空の金平糖

「うん、分かった。お疲れ。こっち、もうすぐ、夜」

 そろそろ山頂にたどり着くというころ、胡桃はスマホにも似た機械でアネッサやクーウォンとやり取りをする。

 胡桃が通信を切ったところで天は興味深そうに尋ねた。

「こっちにもスマホってあるんだね」

「すまほ?」

 胡桃は記憶をたどるが、あいにく、スマホという単語に覚えはなかった。胡桃は先ほどの機械を掲げながら答えた。

「それは、よく、分からない。これ、魔導通信機。最近の魔法使い、これ、よく使う。魔力あれば、電源切れない、どこまでもつながる」

「完璧な機械だなー」

 天の感心したような言葉に、胡桃は首を横に振った。

「魔力、無限じゃない。使いすぎ、身を亡ぼす。気を付けないと、だめ。完璧、この世に、あんまりない」

「あ、それもそっか」

「完璧なのは、アネッサの作るご飯。間違いなく、おいしい」

 そう断言する胡桃の表情は真剣で、天は思わず笑ってしまった。

 山頂に着く頃にはすっかり日も暮れていた。

 ここまで来て天は、ふと不安になった。泉があるという確信は、どこにもないのである。言い伝えが残っているだけで、確認した者はいない。

 これでなかったら……

 そんな天の気持ちを察したように、胡桃は天の背中を力強くたたく。

「痛え!」

 天は胡桃に鋭い視線を向け、文句の一つでも言ってやろうとした。が、胡桃の真剣な表情を見て思わず口をつぐんだ。

「暗い顔。しゃんとしろ、光の魔法使い。泉、絶対ある。すくえるの、お前しかいない」

 しかし何も言わないのも癪なので、天は口をとがらせて言った。

「胡桃ぉ……到底人が出さないような音がしたんだけど?」

「気のせい。行くぞ」

 けんもほろろな言い方をする胡桃に、天は思わず苦笑する。痛みはあったが、おかげで頭がすっきりした天であった。

 植物も何もない、真っ白な山頂である。ここがあの世だと言われれば信じてしまいそうなほど、静かだ。

 しかし耳を澄ませると、何か水が流れるような音が聞こえる。それが聞こえる方へ、二人はそろっと歩みを進める。

 たちまち現れたのは、氷の噴水だ。

「あ、あった……」

 天は、ほーっと長い息をつき、噴水に近寄った。

「本当に水が流れてる」

 それも少量ではなく、ざあざあと、噴水の中央から水が噴き出しているのだ。それは下に流れ落ち、たっぷりと溜まっている。それはまるで、巨大な鏡のようにも見えた。

「星、映ってる」

「そうだね。これをすくえばいいのかな」

 胡桃は持って来ていた木製の匙とガラス瓶をローブから取り出し、木製の匙を天に預け、自身は瓶の蓋を開いた。

「すくってみろ」

「うん」

 深呼吸をして、天は一番大きな星に狙いを定める。

 鏡に匙を沈み込ませるように見える。その様子に心が沸き立ちそうになったが、天は落ち着くように息を深く吸い込んだ。そっと星をすくい取ると、確かに、匙の中には星が映っていた。もともと星があったところにも光は残っている。

 瓶に水ごと流しこめば、からんっと軽快な音がした。

「ある」

「あるね」

 瓶の中では、少し発光する白い金平糖が、一緒に入った泉の水に揺らされてちかちかときらめいていた。

 二人は目を見合わせて頷く。

「この調子。どんどん、すくえ」

「空の星が消えるわけじゃないんだねぇ」

「そんなことになったら、大変。世界から、星、なくなる」

「あはは、そりゃ大変だ」

 しばらく無心で作業をしていた二人だが、瓶の半分ほど星がたまったところで、ふと天が思い立って胡桃に提案してみる。

「胡桃もすくってみる?」

 胡桃は首を横に振った。

「私、光の魔法使いじゃない」

 この世界には魔法の属性というものがある。それは単純に分類できるものでもなく、数も解釈もたくさんで、明確に理解している者はいない。しかし特に、由緒ある家系の魔法使いは、何かしらの魔法に特化していることが多い、というのは、はっきりしている。天は光。胡桃は特に何もなかった。

「失敗する」

「やってみてよ。ね?」

 天に押されて、胡桃は渋々ながら星をすくい取った。確かにすくい取れはしたが、どうも形がいびつだ。

「……食べてみる?」

「ん」

 匙から直接拾い上げ、胡桃は星を口に含む。と、じわじわと微妙な表情になっていった。

「えっ、何その顔」

 天が聞けば、胡桃は表情を変えないまま言った。

「……お前も、食べてみろ」

 もう一度胡桃は星をすくい上げ、天に差し出す。

 天は恐る恐る星を口に運ぶ。

「む、うぅ……」

「な?」

「なんか……なんて味だろう、これ」

「こっち、食べてみる」

 天がすくった方を食べてみると、二人ともパッと顔を輝かせた。

「これ、うまい。甘い」

「甘いね」

「魔力の条件、満たさないとおいしくない」

 胡桃は瓶に詰まった星を見つめながら言った。

「あの本も、音羽も、正解」

「お菓子って繊細だね~」

 胡桃はしばらく星の明滅を見つめていたが、ハッとして、声を潜めて天に提案する。

「いくつか、自分たちの分、取っておきたい。紅茶に、合う。絶対」

「あ、いいね」

 かくして、一瓶だけの予定であったが、三瓶ほど回収して帰ることとなったのであった。

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