第2話 ドラジェ

「それじゃあおじいちゃん、またね! お菓子ありがとう」

「ああ、気を付けて帰るんだよ」

 夕日がキラキラと眩しい空になるころ、音羽は帰路に着いた。

 その後ろ姿が見えなくなってから、壱護は扉を閉めた。ティーセットを片付けようとテーブルに向かえば、ソファにはセラが座っていた。

「いい子だろう。心の優しい、勇敢な子だよ」

 壱護の言葉にセラはふんと鼻を鳴らした。

「いざ、話を持ち掛けたら、逃げ出すかもしれないぞ」

「本当にそう思うのかい?」

 セラは壱護の目を見る。穏やかな微笑をたたえてはいるが、その瞳は真剣そのものだ。観念したようにセラはため息をついた。

「……器としては申し分ない。が、本当にふさわしいかどうかはまだ分からんだろう」

「まあ、それはそうだね」

 ティーセットを片付け、大広間の柱時計を確認する壱護。

「うん。まだ開いているね」

 壱護はつぶやくと、ずいぶん凝った絵柄が装飾された電話の受話器を取って、ダイヤルを回してどこかへ電話をかけ始めた。数コール後に聞こえてきたのは、若いような、それでいてどこか重みのある女の声だった。

『はい。魔道具専門店ポラリス、店長のアネッサです』

「やあ、アネッサ。今、大丈夫かい」

 壱護が聞けば、電話口の女の声は、かしこまった様子から途端に軽くなった。

『なんだ、壱護か。ああ、もちろんさ。君からの電話とあれば、何よりも優先するよ』

「はは、ありがとう。一つ君に伝えておきたいことがあってね」

『そう今更かしこまらなくてもいいだろう。私たちの仲だ、何でも言ってくれ』

「近々、魔道具を注文することになるかもしれない」

 その言葉に、電話口の女、アネッサは少しの間を置いた。そして先ほどより少し真剣な口調になった。

『それはつまり、後継が見つかった、と。そういうことかい?』

「まだはっきりとは決まっていないのだがね」

『なるほど』

 アネッサはふふ、と少し笑って、また元の口調に戻った。

『いよいよ君の後継に会えるのだね。ああ、なんて楽しみなんだろう! 長生きはするものだなあ』

「まだ本人には話していないのだよ。だから、了承されるかどうかは分からないが……」

 壱護はそこで言葉を切り、音羽の姿を思い出す。そうして微笑すると、言葉を次いだ。

「あの子なら引き受けてくれる。そして立派な主となってくれると、そう思っているよ」

『ほお、それはまた』

 アネッサは興味深そうにつぶやいた。

「また詳しいことは決まってから伝えよう」

『ああ、楽しみにしている』

 ソファに座るセラは、壱護の楽しげな様子を少し呆れたように横目で見ていた。

 その頃、家に帰りついた音羽は自室のベッドに座り、壱護からもらった土産の菓子の包みを開いていた。

 オーロラのような色合いの包み紙には薄い緑色のリボンが結ばれていて、中にはパステルカラーの小さな菓子――ドラジェがいくつか入っていた。

「ん? これは……」

 ドラジェの包みが入っていた紙袋には、他にも何か入っていたようだった。

「手紙? おじいちゃん、誰かに渡すものと間違えたのかな……」

 しかしお菓子の包みはもう開けてしまった。どうしようかと思いながら音羽は手紙のあて名を探した。すると、封をしてある方には祖父の名が、その裏には宛名が描いてあるのに気付いた。金色の美しい文字で書かれていたのは音羽の名前だった。

「私?」

 いったいこんなに改まってどうしたのだろう。少しドキドキしながら封を開ける。

「封蝋……だっけ、これ、普通に開けていいのかしら」

 スマホで開け方を探したところペーパーナイフというもので開けるというのが出てきたが、そんなものはここにはない。仕方なく音羽は中身を切らないようにはさみで開けることにした。

 中には二枚、便せんが入っていた。一枚は何も書いておらず、もう一枚に文章が書かれていた。

「明日は留守にするので家にはいません。明後日、午後三時に待っています」

 その文面を見て、音羽は首を傾げた。

「どうしてわざわざ手紙で? そんなに特別なことかしら……?」

 真意はつかめないでいたが、考えても分からないものは分からない。明後日、祖父の家に行けば分かることである。

 音羽は手紙をテーブルに置き、ドラジェを食べることにした。

 カリッと甘い砂糖のコーティングにまろやかなミルクチョコレート、そして、香ばしいローストアーモンド。

 幸せな甘さに、音羽は楽しげに笑ったのだった。


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