ネバーギブアップ ──トゥルーキング──
唐揚げ
第1話 マーシャル怪人 トゥルーキング 登場
201X年。
一人の男が世界を震撼させた。
それは、男として生まれてきたからには、誰もが一度は夢見る最強の男。
この世界には表と裏が存在する。
テレビや新聞などで取り上げられる競技の色が強い表格闘技界。
そして、世界の権力者や大富豪などが催すルール無用の実践的な裏格闘技界だ。
その二つの格闘技界は同じ格闘技界と言っても、互いに相反するもので水と油のように決して混じわることがない。
それは、一種の勢力争いでもあった。表か裏か。格闘家はこの初めの選択で人生が変わり、その選択を誤れば自分の実力を発揮せずに引退することになる。
裏格闘技界がやっているのはただの人殺しだ。
表格闘技界がやっているのは手ぬるいスパーリングですらない。
互いが互いを侮蔑し、二つの格闘技界が共存するには大きな壁があった。
しかし、その男はその壁を自らの努力と天童とも言われる才能を掛け合わせ、二つの格闘技界のチャンピオンになることによって見事に打ち砕いたのだった。
その男の名は
数々の激戦を繰り返しては、己の夢のために闘い、何度傷付こうとも、何度倒れようとも、決して心が折れることがなかった最強にして最高の格闘家。
拳斗が二つの格闘技界でチャンピオンになった翌日に彼は消えた。
その後、関係者が彼を血眼になっても彼は見つけ出せず、彼は表かも裏からも消えてしまった。
彼の捜索中に見つかった、唯一の置手紙らしきものにはこう書かれていた。
『更なる強者との闘いを求め、旅に出る』
例え、二つの世界のチャンピオンになったとしても更なる高みへ昇り続けるその男の名は、格闘家だけにとどまらず、世界中の夢見る人々に勇気を与える程の影響を持っていた。それはもはや、一種の宗教とも言えた。
死亡説が流れることもあるが、彼のファンはそれを信じない。
きっと彼はこの世界のどこかで生きている。今も厳しい修行を積み、己を鍛え続けている。
それが拳斗闘志。
最強にして、最高にして、最上の男の中の男。
みんなの英雄だ。
そして、彼が行方不明になってから数年の時が過ぎた。
202X年。
某日、午後二時。晴れ。
悪の組織『イービル・ブラック』の怪人が複数の戦闘員を連れて街を襲っていた。
筋骨隆々の浅黒い怪人の姿は人間に酷似しているが、改造されたその身長は三メートルを裕に超えていた。
その両手には格闘技で使われるようなオープンフィンガーグローブを付けており、両腕と両足には包帯がグルグルとこれでもかという程にびっしり巻かれている。
ハチマキもしており、まるで格闘ゲームや漫画のキャラクターのようだ。
組織の名前同様に、黒を基準にしたバトルスーツの戦闘員たちは「ウェイウェイッ!」と叫びながら彼を中心に周りの人々を手当たり次第に襲っていた。
人々の悲鳴が飛び交い、交差する。
自動車やバイクが派手にスピンし、ビルや電柱に衝突し激しい爆発があちこちで起こる。
その光景は、まさに目を覆いたくなるような光景だった。
「フワ―ハッハッハッ! さあ来い、我が悪の組織『イービル・ブラック』の宿敵、超常戦隊『ミラクル・ファイブ』ッ!
このマーシャル怪人——トゥルーキング様が来たからには、今日が貴様らの命日だ! フワ―ハッハッハッ!」
怪人は戦闘員と自身を鼓舞するかのように笑いながら、周りのものをその剛腕で片っ端から破壊していった。
そして、そのまま数時間が過ぎた。
そこには、もはや何もなかった。
あるのは元が何だったのかも分からない程に破壊された何かしらの破片のゴミの山がずらっと並んでいるのみ。
数時間かけて破壊出来る物は全て破壊した。しかしその間、『ミラクル・ファイブ』が現れることは一切なかった。
始めこそ「ウェイウェイッ!」と言っていた戦闘員たちも今ではすっかり静かになってしまい、数時間前の勢いが嘘のように消えている。
「……『ミラクル・ファイブ』は?」
「来ないッスね、ウェイウェイ」
待ちかねたトゥルーキングが、暇つぶしにスマホをいじり始めた戦闘員の一人に尋ねるが、その戦闘員ももちろん知っている訳がなかった。
「あっ、トゥルーキングさん。トゥルーキングさんって運は良い方スか? 今やっているソシャゲのガチャなんスけど試しに引いてもらってもいいスか? 俺、ガチャ運なくて」
「『そしゃげ』? 『がちゃ』? ゴメン、俺ずっと闘うことしかしてこなかったから、そういうのは全く分からない」
「あっ、大丈夫ッス大丈夫ッス。ここを下に引っ張るだけでいいんで」
三メートルを超える大男が小さなスマホの画面を、一戦闘員に指示されながらおっかなびっくりに操作していると、
「おお~!」
「え、なになにっ⁉」
「この演出はSSR確定ですよ! 流石トゥルーキングさん、単発で当てるなんて!」
何が何やら全く分からないトゥルーキングだが、彼が喜んでいることだけは理解出来た。
子供のように目を輝かせながら、スマホを食い入るように見つめる戦闘員は、次の瞬間、
ズシンっ!
潰れた。
「はっ?」
この一瞬、何が起きたのか理解出来なかったトゥルーキングだが、次の瞬間にはその場所から遠く飛び退いていた。
それは大きな緑色の鉄の鎌であった。
三メートル以上あるトゥルーキングでさえ比べ物にならない程に巨大な鎌であった。
「み、『ミラクル・ファイブ』だあああぁぁぁ!!!」
巨大な鎌を見た他の戦闘員たちが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
「な、なにっ⁉ あれが『ミラクル・ファイブ』だと⁉」
警戒したトゥルーキングは更に後方へと下がる。そして鎌の全体を見たことにより、ようやく気付いた。その鎌が巨大ロボットの一部であることに。
そのロボットは緑色のカマキリであり、トゥルーキングの眼前に振ってきた巨大な鎌は、そのカマキリの腕であったのだ。
「チッ、狙いが少しズレたか。雑魚がっ」
カマキリの頭から出てきた緑色の全身タイツの男は、舌打ちをしながら明らかに不機嫌な声で毒づく。
「あー、おい、クソ野郎共。次は当たるようにじっとしてろよー」
「待て待て待て待てぇッッッ!!!」
面倒くさそうに自身の頭を搔きながらコックピットらしきカマキリの頭の中に戻って行く緑色の全身タイツを、トゥルーキングが全力で呼び止める。
「あっ?」
「お前、『ミラクル・ファイブ』だよな!」
「ああ? ああ、『ミラクル・ファイブ』が一人、自然の奇跡、ミラクル・グリーンだとは俺のことだ。で、なんだ? あ?」
「で、なんだ? じゃねぇよ! なんで最初から巨大ロボットで来るんだよ! まずは等身大での闘いだろ!」
トゥルーキングは悪の組織『イービル・ブラック』に入職した時の新人研修で聞かされた正義の味方と悪の怪人の基本的な戦闘の手順を思い出す。
1、 まず互いに名乗る。
2、 闘う。
3、 2で負けたら巨大化して巨大ロボットと闘う。
4、 2で勝ったらそのままアジトへ帰還。
と言うのが、トゥルーキングがこの世界に入って知った常識だ。
しかし、その常識は今打ち砕かれた。目の前のミラクル・グリーンによって。
「だってさあ~、お前らいつも俺らにやられて巨大化すんじゃん。お前らアレだろ、もう等身大の闘いは捨てているだろ。なら、もう手っ取り早く巨大ロボで踏みつぶして第二ラウンド始めた方が良くね? 無駄に時間も掛からねぇし」
「い、いやそれは……」
確かに、『イービル・ブラック』の怪人たちは等身大の闘いでは彼ら『ミラクル・ファイブ』に勝った試しがなく、そう思われてしまうのはしようがないことなのかもしれない。
実際、格闘技の試合でも第一ラウンドはボクシングルールで、第二ラウンドはキックボクシングルールで、というふうに組まれる試合もあり、第一ラウンドを捨てて防御のみで時間が過ぎるのをじっと待つ選手も数多くいる。
何と言い返せばいいのか、トゥルーキングは考えていると、ふとある違和感を覚えた。
「おい、他のメンバーはどうした?」
「ああ? 他のメンバぁ~?」
現在、街中で怪人が暴れているというのにやって来たのは、ミラクル・グリーンの一人のみ。『ミラクル・ファイブ』ということは、あと四人いるはずだ。
「もしかして、そこら辺の影に隠れて俺たちの隙でも探っているのか?」
「ああ? なに言ってんだ、お前。テメェらみてぇなクソ雑魚相手にそんなことしなくても余裕で倒せんだよこちとら」
自分で言っておきながら、ミラクル・グリーンは「ん?」と頭を傾けた。
「お前、さっきからやけに質問が多いと思ったら、もしかしてこれがデビュー戦か? ああ、そうか。だからか、なるほどな~」
なにやら一人で納得したミラクル・グリーンは、そのまま巨大ロボットのコックピットへと———、
「待て待て待て待てッ!」
「ああ?」
「なに一人で納得しているんだ⁉ 俺、全然理解出来ていないんだけどっ!」
「うっせぇなぁ~。そもそも何で正義の味方が悪の怪人と仲良しこよしで話さなきゃいけねぇんだよ、俺は早く帰って昼寝の続きをしてぇんだよ。ぶっ殺すぞ」
「ヒーローの口からは絶対に聞かない言葉だと思っていた。って、遅れた理由ってもしかして寝坊⁉」
トゥルーキングの最後の一言を無視してコックピットに戻ったミラクル・グリーンは、巨大カマキリで蹂躙の限りを尽くした。
「さあ、悪の絶望は正義のエネルギーだ! 俺の力に恐怖しろ、ヒャッハー!」
「たたたた、たいさ~~~~ん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます