隣の部屋が事故物件になった
佐楽
隣室が事故物件
朝のルーティンとはどこにいても変わらないらしく、出張先のホテルでも目覚めてすぐにテレビをつけた。
適当なニュース番組を流しながら支度をするのがいつもの日課であり、時折チラチラ見ながらも動きは止めないのが常であったが今回は珍しく足を止めてテレビの画面をじっと見た。
「昨夜、東京都○○のマンションにて女性が殺害される事件が発生し、警察は女性の知人の男を殺人の容疑で逮捕しました」
不謹慎だがいつもなら足を止めるニュースではない。
しかし映し出された現場のマンションを見て絶句した。
「これうちのマンションじゃないか」
****
重い足取りで帰宅した俺を待っていたのは更に衝撃的な事実だった。
「嘘だろ」
事件現場であることを示す立ち入り禁止テープの貼られたドア。
それは自宅の隣室だったのだ。
気味が悪いことこの上ないが、自室に帰らなくてはならない。
必要なものは全てそこにあるのだから。
その夜は疲れもあってかすぐに眠ることができ、翌朝もいつも通り出社のために家を出た。
エレベーターで一階に降りると、主婦らしき二人の女性が話している。
「なんでも殺された女の人、殺される直前まで壁をドンドン叩いてたんだって。助けてって声も聞こえてたらしいわよ」
「ケンカするみたいな声は聞こえてたけどね。まさかそんなことになるなんて怖いわ」
「あんまりにもケンカする声がすごいから通報したみたいだけどそしたらあんなことになってたみたいよ」
俺は女性たちの話に意図せず聞き耳を立てていた。
より自室に帰るのが嫌になっていた。
出社して一番に同僚の高橋が話しかけてきた。
「川島、お前んちのマンションで事件あったみたいだな」
高橋は以前うちに来たことが何度かあるのでわかったのだろう。
「あぁ、それな。驚いたよ。しかも事件あった部屋隣でさ」
「まじか」
高橋の目が輝いた気がする。
そういえばこの男は事故物件とかそういうオカルト話が好きだった。
「嫌だな、隣ってのは。どうするんだ?引っ越すのか?」
「いや、引っ越す気はないけど」
「えっ、お前そんなの気持ち悪くないか?」
高橋の言うこともわかるが、そんなに俺は繊細なタイプではないし引っ越すほうが面倒だ。
だから今日も普通に帰ることを伝えると高橋は驚いたようだ。
「なんか出るかもしれないじゃん。俺なら絶対無理だわ」
「別に事件の起きた部屋に帰るわけじゃないんだし平気だろ。お前そういうの好きじゃなかったっけ。泊まりに来るか?」
すると高橋は勢いよく頭を横にふった。
「俺は話として聞くぶんには好きだけどそこにいくとかは無理」
****
仕事を終え帰宅しようとする俺にまたしても高橋が声をかけてくる。
「本当に帰るのかよあの部屋に」
「帰るよ。朝も言ったけど別にうちで起きた訳じゃないんだから」
「はぁ、そうか。俺なら引っ越すか一週間くらい外泊まるかも」
「どっか泊まるのも金かかるしな」
怖い話好きな癖にビビりな奴だ。
俺は何事もなく帰宅した。
なるべく隣の部屋を意識しないように目をそらし自宅の鍵をあける。
部屋の中は当然ながら真っ暗だ。
電気をつけても何か現れるわけはない。
部屋着に着替えてテレビをつけ、夕食の支度をする。
電気代の無駄なのはわかるがこれも昔からのルーティンというか癖で、別に観たい番組がなくてもテレビはつけておくのだ。
ビールや料理をテーブルに並べつつキッチンを行ったり来たりしているとテレビの画面がちらりと目に入った。
「心霊ものか。まぁこの季節になると多くなるよな」
番組のナレーターは怖さを演出すべく低く静かな口調で話し、ゲストの芸能人らはわざとらしく神妙な顔つきでワイプに映り時折女性タレントが叫び声をあげている。
開けたはずもないドアの隙間から視線を感じる
ベッドの下に人が
不気味な声がする
ありきたりな内容だ。
俺は聞き流しながらチャンネルを変えることなくスマホをいじりながらビールを飲んだ。
時刻は23時。
そろそろ寝るとしよう。
電気を消しベッドに転がる。
いつもなら疲れもあってすぐに熟睡できる。
しかし今日はやけに目が冴えていた。
何故だろうか、感覚が研ぎ澄まされている気がする。
早く寝かせろ、と思うほどにいつもなら気にしないようなことがやけに気になって仕方がないのだ。
俺は寝返りをうった。
すると壁がすぐ目の前にある。
被害者の女の人は壁を叩いて助けを求めてたんですって
この壁を…
俺はベッドから起き上がった。
ずっと見ていると向こうからドン、という音が聞こえてきそうだ。
俺は仕方なくソファに移った。
ソファの正面にはテレビがある。
寝る前に消したので当然ながら画面は真っ暗だ。
よく聞くよな。
こういう真っ暗な画面に突然何かが映るって話。
いやいや
俺は目を絶対に開けるまいとぎゅ、と瞑った。
普段なら気に求めない時計の針の音がやけに耳につく。
カチ
カチ
カチ
カチ
こんなに煩かったかと思うほどだ。
しかし止めるにもいちいち壁から外すわけにもいかずとにかく気をまぎらわせようと意識を外に向けた。
俺は都会育ちだからか電車の音や生活音が聞こえたほうが落ち着くタイプだ。
だから旅行などで山奥にある宿なんかに止まって本当に静かだと全く眠れなくなる。
ガタン ゴトン
電車の音が聞こえる。
車の通り過ぎる音だったり酔っぱらいが元気に奇声を発したり。
…~!、やめてよ…
ふざけんな…!、お前が…
ケンカする声なんかも日常的だ。
そう日常的。
…何すんのよ!
うるせえな!…
ケンカするみたいな声が聞こえてきて
駄目だ。
心臓が変にドキドキする。
俺はもう生活音を聞くのをやめヘッドフォンを装着した。
耳にはよくないだろうがこのまま寝落ちすることを祈ろう。
俺はお気に入りの曲をかけて再び目を閉じた。
すると高橋の姿が浮かんでくる。
「なぁ川島、お前の好きな○○って曲。よく聞くと女の声で助けてって聞こえるんだってよ。~あなたの事が頭から離れなくてずっと抱き締めていたいのあとだって」
あなたの事が頭から離れなくてずっと抱き締めていた━━━
俺は停止ボタンを押しヘッドフォンを外した。
高橋め、明日会ったら殴ってやろうか。
俺は段々疲弊してきていた。
体は休息を欲し今すぐに横になれと言っているが頭が冴えきってしまって眠気がこないのだ。
くそ、モヤモヤしすぎて気持ちが悪い。
シャワーでも浴びようか
シャワーから女の長い髪の毛が
湯ではなく血が
テレビを観るか。
これは都内在住のCさんという女性が夜中体験したこと
ふざけるな、深夜帯だからって心霊番組をやるな。
あれ?俺トイレのドア閉めてなかったっけ。
ちょっと開いてる。
隙間の暗闇から何者かの視線が
暗闇から這い出てきたそれはずりずりと自分のほうに近づいてきて
嘘だろ。
トイレも行けない。
壁
真っ暗なテレビ
騒音
音楽
シャワー
トイレ
逃れようがない。
くそ、早く夜が明けてくれ
俺は小学生ぶりくらいに震える夜を過ごした。
どんなに長く感じる夜でも朝は必ずやってくるものだ。
朝、顔を洗うべく洗面台の前に立った俺の顔はひどいものだった。
鏡にうつる自分の後ろに
いやいや朝はさすがに怖くない。
俺はいつものようにルーティンでテレビをつけながら朝の支度をする。
今日は足を止めてみるような事件はなく平和な気分でいられそうだ。
きっと今日も一日何事もなく、夜も何事もなく過ごせるだろう。
今日はきっとゆっくり眠れるだろう。
結局何もなかったんだから。
俺は靴を履き、玄関の戸を開けた。
ドン
ぴたりと足が止まる。
ドン
ドン
ドン
…
音は止んだ。
壁を叩くような音だったが朝から何事だろうか。
俺は玄関を出て施錠をする。
ふと事件があったほうとは反対の部屋を見る。
そういえばこっちの隣はちょっと前に出ていってまだ空いてたよな。
…
「引っ越そうかな」
隣の部屋が事故物件になった 佐楽 @sarasara554
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