第58話


その後、俺は武闘祭予選を順調に勝ち進んでいき、一日目を終えた。


一日目はアレルのライバルになりそうな猛者と戦うことはなかった。


俺は昨日すでに、本来アレルのライバルとはるはずだった強敵のギガースを潰している。


予選を勝ち進めば、他のライバルたちとも対戦することになるだろう。


俺の仕事はそいつらを本戦に進ませないことにある。



「ねぇ、グレン…どこにいくの?」


その翌日。


朝早くから起き出して、武闘祭の予選に向かおうとした俺をアンナが呼び止めてきた。


「よお、アンナ。どうかしたか?」


「どこにいくの?グレン。昨日も一日城にいなかったみたいだけど…」


「気晴らしに外に出ていただけだ。心配ない」


「ふぅん…そう」


「それよりもアレルはどうしている?」


俺はこれ以上問い詰められると都合が悪いため、話を逸らす。


「武闘祭に出場するんだろ?負けたら流石のあいつもやばいんじゃないか…?俺たちも城から追い出されるかも…」


「アレルは…その…」


アンナが言いにくそうにしながら、昨日のアレルの行動を口にする。


「昨日もずっと寝転がって一切剣の鍛錬をしなかったよ」


「え…まじか…?」


アレルは王の命令により、猛者の集う武闘祭に出ることになった。


流石に気合を入れて剣の鍛錬に励み出すかと

思ったが、俺の予想は外れたようだ。


「いろんな人が説得しようとしてたんだけどね……ダメだったみたい」


「…そうか」


アレルは勇者の力を得たことで相当傲慢になっているようだ。


大丈夫かあいつ。 


俺がせっかくアレルに勝ような猛者を排除しても、その辺の雑魚に負けたりしないよな…?


「もしかしたら、私たち、アレルが戦いに負けて追い出されるかもね」


「…そうだな」


俯いていたアンナが顔を上げていった。


「ねぇ、グレン、聞いて」 


「な、なんだ…?」


「もし城を追い出されたら…その、二人きりで…」


「え…二人きり…?」


「えっと、その…」


アンナがモジモジとしながら察して欲しそうに俺のことを見ている。


「あぁ…そうか。そういうことか」


俺はようやくアンナの言わんとしていることがわかり、ポンと手を打った。 


どうやらアンナは城から追い出された後、アレルと二人っきりにしてくれと言っているようだ。


「わかった、アンナ。もし追い出されることになったら……そうするよ」


アンナがそうしたいというのなら、俺としてはさっさと姿を消してアンナとアレルを二人きりにすることもやぶさかではない。


…もしアレルが勇者の地位を剥奪されて俺たち三人が城を追い出されたとしたら、俺はさっさと二人の前から姿を消して、一人で旅にでも出ることにしよう。


そのほうが二人は誰にも邪魔されることなく逢瀬を遂げることが出来そうだ。


「ほ、本当!?」 


ぱあっとアンナの顔が華やいだ。


嬉しげに俺の手を握ってくれる。 


「ありがとう…グレン。すっごく嬉しい」


「お、おう…」


なんだろう。 


感謝されるのはいいのだが、ちょっと微妙な気持ちだ。


アンナ。


お前はそんなにもアレルのことが好きなのか。 


…そして思いを遂げるために俺には消えてほしいと…。


まぁいいけどさ。


モブの運命なんて元々そんなものだろうけど…


「まさかOKもらえるなんて思わなかった…ありがとう、グレン。えへへ」


「お、おう…幸せになー…」


「…?う、うん?幸せになるんだよね?私たち」


「うん…?あぁ、うん…二人が幸せになるんだろうな?」


「…?」


いまいち話が噛み合わない。


…っと、不味い。


こんな話をしている場合じゃない。


予選がもうじき始まる。


早くコロシアムに行かなくては。


「じゃーな、アンナ。俺はいくから」


「あ、うん…またね…」


別れを告げて足速にその場をさる俺。


「どうしよう……ダメなのわかってるけど……アレルに負けて欲しいって思っちゃってる私…そうすればグレンと…はぁ…」


背後から、アレルのことを思うアンナのそんな悩ましげなつぶやきが聞こえてきた。



『続いて登場するのはこの二人だ…!まず右サイド…!!突如として現れた超新星…!!武闘祭初参加にして、予選初日を圧倒劇で乗り切ったダークホース…!!仮面の騎士ぃいいいいいい!!!』


「「「「「うぉおおおおお!!!」」」」」


アナウンスで俺の選手名が呼ばれる。


俺が仮面を被り、武器と共にコロシアム会場に現れると、人々が総立ちになって歓声を送ってきた。


昨日の予選初日の戦いを、どの勝負も圧倒して勝ち抜いた俺は、すでに今大会におけるダークホース的な立ち位置になっていた。


俺の名前もかなり広まっているらしく、昨日のようなブーイングはもうどこからも聞こえてこない。


「仮面の騎士ぃいいいいい!!!」


「きゃぁああああああああ!!!」


「こっちを向いてぇえええ!!!」


一部からは黄色い歓声すら聞こえてくる。


俺がその声に応えるように手を上げると歓声はさらに大きくなった。


「そして左サイドはこの戦士だ…!!荒れ狂う暴風雨…!一度暴れ出すと誰にも止めることは不可能…!黒の強戦士…バーサーカー…!!!」


「うがぁあああああああああ!!!」


正面から雄叫びと共にツノを生やした3メートルほどの男が入ってきた。


その全身は鋼のような筋肉に覆われている。


肌が若干緑がかっているところを見るに、どうやら鬼族と人間のハーフらしい。


その身体能力は、普通の人間と比べて桁違いのものだろう。


「やっちまえバーサーカー…!!」


「暴れろぉおおおおおおお!!!」


「俺はお前に賭けたんだ…!頼むぞぉおおおおおお!!!」


「仮面の騎士ぃいいぃいいい!!そのデカブ

ツを倒してくれぇえええええ!!!」


俺はバーサーカーと呼ばれるその男と対峙する。


勝敗を予想した賭け事も行われている武闘祭。


人々は、賭け金を握りしめて、自分の応援している方の名前を大声で叫んでいる。


「うがぁああああああ!!!殺すうううぅううううう!!破壊するぅううううう!!ぶっ潰すぅううううううう!!!」


俺はバーサーカーと呼ばれる鬼の戦士と向かい合う。


鬼の戦士は、すでにやる気十分のようで、太い腕を振り回し、涎を垂らしながら俺を睨みつけている。


『では…両者向かい合って…!』 


俺たちは土俵の中心で数メートルの距離を置いて向かい合う。 


「やれぇえええ仮面の騎士ぃいいい!!」


「潰せぇえええ…!バーサーカーぁあああ!!!!」


人々たちの凄まじい歓声の中、審判の男の手が振り下ろされる。


『バトル・スタートぉおおおぉおおお!!』


「うがぁああああああああ!!!!」


開始と同時に突っ込んでくる鬼の戦士。


俺は予選二日目の戦いに身を投じていった。

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