第51話


「まずいな…クレアの方の問題も思ったより深刻だ…」


胸を揉みたいなどと不敬を言ったことを全力で謝り、クレアになんとか帰ってもらったあと。


俺は知らず知らずのうちにクレアからの好感度が上がっていたことについて考える。


クレアとアレルの出会いとなるはずだった、王城から連れ出すイベント。


あの時は引きこもってしまったアレルの代わりに仕方なく俺が代わりを務め、結果として俺とクレアの仲が深まってしまった。


クレアの現在の俺への好感度は間違いなくあのイベントが原因だろう。


…どうにかして俺はこの自分に向けられた好感度をアレルに誘導する必要がある。


そのためにまず、クレアが俺に幻滅をするように仕向けなくてはならない。


先ほどクレアを引かせようと胸を揉ませろなどと言ってみたが、クレアは満更でもなさそうだった。


あれは相当重症だ。


クレアの対処に、俺はかなり力を入れなくてはならない。


「女の子を幻滅させる方法…女の子をガッカリさせる方法……何かないものか…」


正直、『世界の終わりの物語』における推しヒロインだったクレアに好意を向けられている現在の状況が、全く嬉しくないと言ったら嘘になる。


先ほどクレアに「特別な存在」と言われた時は普通にドキドキしたし、触ってもいいと胸を差し出されたときは逆にクレアに攻略されかけた。


だが、なんとか自制心を保ち、俺はクレアを追い出すことに成功した。


心を鬼にして、俺はクレアに嫌われなくてはならない。


そのために、手段を選んでいる場合ではないのだ。



それから数日後。


クレアがまたしても俺の部屋をこっそりと訪れた。


「あ、あの…グレン…」


「なんでしょうか、クレア王女」


「また……一緒に王城の外に行ってくれないでしょうか?わ、我儘なのはわかっているんです…でも、私、どうしてもあなたと街を歩きたくて…」


「…そうですね。王女様にお願いされたら断るわけにはいきませんね」


アレルを毒殺しようとした宰相ブロンテに対処するときに、クレアに協力してもらった恩義もある。


俺は籠の鳥の王女を再び、城の外に連れ出すことにした。


「…!ありがとうございますグレン…!」


クレアの表情が輝く。


俺はその花が咲いたような笑みをみて罪悪感に駆られた。


「…やるしかないんだ」


クレアに聞こえないように自分を叱咤する。


すでに仕込みは済ませてある。


成功すれば、クレアはかんぜんに俺に対して幻滅し、やがてアレルに好意を持つようになるだろう。



俺はクレア王女と共にこっそりと城を抜け出した。


そして前に歩いた場所とは別のルートで王都を散策する。


目の前に広がった新しい景色に、クレアは興奮し、幼子のように目を輝かせていた。


「うふふっ…王都は知らないことがいっぱいです…!」


俺の腕にしがみつき、楽しげにそんなことをいう王女様。


「楽しいですか?」


「はい…!」


俺はそんな彼女に王都を案内するふうを装いながら、少しずつある場所に誘導していく。


「クレア様……次はこっちに行きませんか…?見せたいものがあるんです」


「いいですよ…!グレンについていきます…!」


完全に俺を信用し、ついてくる王女様。


俺はそんな彼女を、少し王都の中心から外れた貧しい場所へと案内した。


「グレン…?どこに向かっているのですか?」


「もう少しあっちの方です」


若干違和感を持ち始めたらしい王女様を半ば無理矢理に引っ張っていく。


さて……そろそろくる頃か…


俺は自分の金の入った袋が、まるで盗んでくださいとでもいっているようにポケットから出て外に晒されていることを確認する。


…次の瞬間。


「うわっ!?」


「きゃっ!?」


小さい影が後ろから前へ、俺とクレアの間を通り過ぎていった。


俺は内心よくやったと思いつつ、驚いた演技をする。


「な、なんだったのでしょう…?」


「わかりません…相当急いでいたのか……って、あっ…ない!俺の金を入れた袋が…!」


「え…」


クレアが固まる。


俺はそんな彼女に怒ったように言った。


「おいましょう…!スリです…!!許せません…!捕まえて懲らしめるんです…!!」


「あ、ちょっと!?グレン!?」


俺はそう言ってスリの子供を追って、駆け出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る