第44話


「ははは…!!どうだグレン…!俺が倒したぞ…!!フェンリルを…!伝説の魔獣を…!!すごくないか!?」


「おー、すごいすごい」


「…?なんか投げやりだな」


「…そうか?」


「おいおい、頼むぜグレン。仮にも俺はフェンリルを倒してお前の命を救った命の恩人だぜ?もう少し盛り上げてくれても良いだろ?」


「…」


「今頃俺がいなきゃ、全員あいつの腹の中だったんだろ?」


「…そ、そうだな…」


「だったらもう少し感謝してくれても良いんじゃないのか?」


「…っ」


殴り倒そうかと思った。


なんだこいつ。


煽てたのは俺だが流石に調子に乗りすぎだろう。


…なんか勇者の力が覚醒してからというもの、こいつの性格が完全に変わってしまったように感じる。


アレルはこんなに自分に酔いしれた愚か者のキャラじゃなかったような気がするんだが…


「どうした?グレン」


「…か、感謝はしてるさ」


俺は気持ちをグッと押し殺して無理やり笑顔を使った。


「本当にありがとう、アレル。お前のおかげで俺も、アンナも、騎士たちも…みんなが救われた。流石、勇者様だな」


「…だろ?ふふ。最初っからそういえば良いんだよ」


「…っ」


「そうだ、グレン。俺は実を言うとフェンリルと戦った時のことをよく覚えていないんだが、俺の戦いっぷりはどうだった?」


「そ、そりゃもう…すごかったぜ?」


「ははっ。そうか…勇者だからな。お前が見たかった英雄の戦いは見れたか?」


「あ、あぁ…思う存分見させてもらった。今でも脳裏に焼き付いているよ」


「ふふ…そうか。いやぁ、気分がいいなぁ」


アレルは嬉々として、転がっているフェンリルに近づいていく。


「しっかし、我ながらよくこんな大きな魔獣を倒したよな。こいつ体長何メートルあるんだ…って、うおお!?」


アレルが近づいたことでのそりと起き上がったフェンリル。


アレルが驚いて飛び退き、慌てて剣を構える。


「こいつ…まだ生きてやがったのか!!くそ…だったらもう一度戦って今度こそ息の根を止めてやるよ…!!」


俺の、アレルがフェンリルを倒したと言う話を鵜呑みにしたアレルが、自信満々にそう言ってフェンリルと対峙する。


『…』


起き上がったフェンリルがチラリと俺の方を見た。


「…」


俺はフェンリルと目配せをして頷く。


フェンリルは了解した、と言うように軽く頭を振った。


『待て、勇者よ』


「ん?なんだ?」


『私にもう戦意はない。戦いは終わりだ』


「なんだと!?」


『私をお前の使い魔にしてほしい』


「は…?」


ポカンと口を開けるアレル。


フェンリルは俺の指示通りに、アレルに自分を使い魔にしてくれと懇願する。


『勇者としてのその強さ、感服するほかない。私の使命は今日ここで出会ったお前に仕えることだと思い知った。ついては私をあなたに従属させてほしい、我がご主人よ』


「なんだ?俺の強さに屈服したってことか?」


『…そう言うことになる』


あ、今フェンリルの頭の一部……人間で言うとこめかみの部分が若干ひくついたような。


フェンリルでもイラつくことってあるんだな。


…わかるぞその気持ち。


だが、耐えてくれフェンリル。


頼むから指示通りに動いてくれよ。


「うーん…どうしよっかなぁ…お前は一度俺たちを襲ったからなぁ…この場で殺しておいた方が…」


『そう言わずにどうか…私をそなたに仕えさせてくれ。どんな命令にでも従おう』


「どんな命令にでも…か…」


迷うアレル。


フェンリルの目つきが次第に鋭くなる。


この男、食い殺してやろうか。


目がそう物語っている。


まずい。


これ以上身の程知らずのアレルを迷わせるわけにはいかない。


「おい、アレル。いいんじゃないか?」


「え…?」


「ほ、ほら…フェンリルって伝説の魔獣って呼ばれてる魔物だろ?使い魔として使役したら勇者として箔がつくんじゃないか?」


「箔がつく…?」


「そうだ。伝説の魔獣のフェンリルを倒し、そして従えている。誰もが一目で勇者だってわかるようになるだろ?」


「なるほど…それもそうだな」


その気になってくるアレル。


「よし、わかった。お前を使い魔にしてやるよ、フェンリル」


アレルが偉そうにフェンリルにそういった。


『か、感謝するぞ…我がご主人よ…』


フェンリルが、何かを我慢しているかのような震え声で言った。


…おい、そんな恨みのこもった目で俺を見るな。


俺の指示をなんでも聞くって言ったのはそっちなんだからな。


「よし…それじゃあ、みんなを起こして帰るか。ついてこい、フェンリル」


『…はい』


偉そうに指示を出すアレルに、フェンリルは嫌そうにしながら俺の指示通りに付き従ったのだった。



その後気絶した全員を起こした俺たちは、王都へと帰った。


「うわぁあああ!?フェンリル!?」


「フェンリルだ!?伝説の魔獣だ!!みんな逃げろぉおおおおお!!」


アレルがフェンリルの上に乗ったまま王城へ帰還したため、王都に入るなり大騒ぎになった。


だがやがて、逃げ惑う彼らは、フェンリルが決して誰も襲おうとせず、しかもその上に誰か人が乗っていることに気づく。


「おいみろ…!フェンリルの上に人が乗っているぞ…!」


「本当だ…!誰なんだ…!?」


「フェンリルが全然襲ってこない…これはまさ

か…!」


何かに気づきかける人々に向かって、アレルが自慢げに剣を翳しながら言った。


「みんな見てくれ…!!勇者の俺が…伝説の魔獣フェンリルを従えたぞ…!!」


アレルの声は、周囲に響き渡り、たちまち歓声が起こる。


「すごい…!流石勇者様だ…!!」


「おい聞いたか…!?勇者様がフェンリルを従えただとよ…!」


「マジかよ!?伝説の魔獣を使い魔にしたのかよ!?」


「流石勇者様だ…!!あのかたなら必ず魔王だって倒してくれる…!」


「勇者様万歳…!!」


人々が俺たちの元に集まってきて、歓声を上げる。


「はっはっはっ。みんな!!魔王は俺が倒すからな…!!人類の平和はこの俺、アレルが守る!」


皆に黄色い歓声を上げられ、ますます調子に乗るアレル。


『こやつ…雑魚のくせに調子に乗りおって……振り落としていいか?』


「おい待てやめろ…イラつくのはわかるが耐えてくれ…」


『ぐ……屈辱だ…このような雑魚を背中に乗せるなど…私の伝説の魔獣としてのプライドが…』


アレルがフェンリルの上で調子に乗っている一方、下では俺があと一歩でアレルを振り落とす寸前のフェンリルを必死に宥めるのだった。








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