第33話
その日の深夜。
俺が月明かりのさす王城の中庭に行くと、そこに一つの人影があった。
どうやらクレア王女は、王城に連れ出すという餌に釣られてしっかりと役目を果たしてくれたようだな。
俺はその人物にゆっくりと近づいていく。
「誰だ貴様は…!」
人影が突然振り返り、剣を俺に向けてきた。
「クレア王女ではないな…?王女を使って私をここに呼び出したのは貴様か…!!」
「…そういうあなたはブロンテ宰相、ですよね?」
宰相のブロンテ。
王城において、国内政治などの助言を王にする役職を担っており、修行編の終盤で魔族に利用されていたことがわかり処刑になる哀れなキャラクター。
今回アレルの毒殺を目論んだのもこいつの仕業だ。
「フードを取れ…!何者なのだ貴様は!」
ブロンテが油断なく俺に剣を構えながら言う。
「フードは取れません…正体を明かすわけにはいかない…」
俺はいつもより低い声を意識して、そういった。
「馬鹿にするなっ…私はこの国の宰相だぞ…!?一体どれほどの権力を有しているか……貴様を不敬罪で打首にすることだって…」
「それは脅しですか?なら俺もあんたを脅させてもらおう。あんたが俺を打首にすると言うのなら、俺は勇者暗殺未遂の首謀者があんたであることを国王にバラす」
「…っ!?」
ブロンテが明らかに動揺した。
「なな、なんのことかな…?」
わかりやすく声を震わせている。
「俺には全部わかってるんですよ、宰相ブロンテ……あなたが勇者の朝食に毒を盛り、殺そうとしたことを」
「ば、馬鹿なことを言うな…!!わ、私が勇者様を暗殺などするわけがないだろう…なんのためにそのようなことを…」
「娘のため、ですよね?」
「…っ!?」
「あなたはとある人物に女を人質に取られ、脅されて勇者アレルを暗殺しようとした…違いますか…?」
「な、な、何者なんだ貴様は!?どこまで知っている!?」
ブロンテが二、三歩後ずさる。
「あの者たちの…我が娘に呪いをかけたあの憎き連中の仲間なのか?貴様は…!!」
「違う…俺はあんたの味方だ。宰相ブロンテ」
「み、味方…?」
「そうだ。俺があんたの娘の呪いを解いてやろう」
「の、呪いを…?」
ブロンテの言葉に僅かな希望が灯る。
宰相ブロンテ。
こいつが勇者暗殺を企てたのは、別に魔王の復活を目論んでいるとか、魔族に与しているからではない。
ブロンテは自分の一人娘を人質に取られているのだ。
魔族はこいつの娘、システィーナに呪いをかけた。
そして呪いを解除して欲しくば、協力しろとブロンテを脅したのだ。
ブロンテは日に日に衰弱していく娘が見ていられずに、魔族に協力し、勇者を暗殺しようとする。
この事実は、本来、修行編の終盤あたりで勇者アレルによって明かされ、ブロンテは処刑になってしまう。
だが、それではあまりに気の毒だ。
今の俺には『生と死の剣』がある。
剣の力を使えば、ブロンテの娘、システィーナの呪いを解くことが可能だ。
そして呪いさえとければ、ブロンテがこれ以上魔族に協力することも、処刑されることもないだろう。
「ブロンテ…あんたの娘の元に案内しろ。俺があんたの娘……システィーナの呪いを解いてやる…」
「し、しかし私は貴様が誰なのかすら…」
「娘の命が惜しくはないのか?」
「…っ」
「システィーナの元に案内しないと言うのなら、俺はお前が勇者暗殺を企てたことを王に密告する。お前はたちまち死刑だろうな。俺の元にはその確たる証拠もあるのだ」
もちろんそんなものなどないが、脅しとしては十分だろう。
「わ、わかった…」
やがてブロンテが観念したように頷いた。
「お前を娘の元に案内しよう…」
「よし…」
俺はフードの中でニヤリと笑う。
全て作戦通りだ。
どんな解呪師にも手の施しようがなかった娘システィーナにかけられた呪い。
日々衰弱していく娘の姿を見ているブロンテなら、藁にもすがる思いで俺の交渉に応じると予測はできていた。
これでダメなら他の手を考えなければならなかったが……これは案外簡単にこいつを操った魔族まで辿り着けるかもな。
「ここだ…」
俺はブロンテに案内されて、王城の一室にやってきた。
「この中に娘がいる」
「そうか…あんたはここで待っていろ」
「…!?娘を貴様と2人きりになど…!」
「王に密告されたいのか?」
「…っ」
ブロンテが迷うような表情を見せる。
頭の中でいろんなものを天秤に乗せているのだろう。
やがて…
「わ、わかった…しかし、5分だけだ…それ以上は誰とも知らん貴様を娘と2人きりになど…」
「わかっている。それだけで十分だ」
俺はそう言って部屋の中へ足を踏み入れた。
「うぅ…うぅ…」
部屋の中に据えられたベッド。
その上に宰相ブロンテの娘であるシスティーナが寝ている。
「さて…」
システィーナの元まで歩いた俺は生と死の剣を取り出す。
苦しそうに唸っているシスティーナの身体中には、不気味な紋様が浮かび上がっていた。
衰弱の呪い。
魔族がよく使ってくる呪いの一つだ。
ちなみになんだが、物語の終盤になると勇者アレンも衰弱の呪いを習得できたりするようになるのだ
が…まぁ今はそんなことはどうでもいいな。
「もう大丈夫だ、システィーナ」
俺はシスティーナの腕を少し傷つける。
そして生と死の剣の力を発動させた。
「システィーナの呪いを解け」
剣の力が発動し、システィーナの身体中から不気味な紋様がなくなった。
呪いは完全に解除されたようだ。
俺は速やかに部屋から出る。
「終わった…のか?」
部屋の外に出ると、宰相ブロンテが縋るように聞いてきた。
「ああ。あんたの娘の呪いは完全に解除した」
「…!?」
ブロンテが目を見開く。
「本当なのか!?」
「嘘だと思うなら確認してみるがいい」
「い、一体どうやって…国中の解呪師を集めても不可能だったのに…」
「方法は教えられない。とにかく……宰相のブロンテ。もう魔族に協力するのはやめろ。もしアレルが危険な目に遭えば……今度こそ俺はお前のことを王に密告するからな」
そう言って俺は歩き出した。
宰相ブロンテは待ちきれないと言うように部屋の中に入っていく。
俺は立ち止まって、耳を澄ませる。
「お父様…?」
「ああ、システィーナ!!目を覚ましたのか!?もう苦しくはないか!?」
「ええ…すっかり元気です…一体何が…?」
「ああ、よかった…!本当によかった…!」
そんな会話と共に、ブロンテの啜り泣く声が聞こえてきたのだった。
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