第31話


「あー…俺の馬鹿…いい加減学べよ…」


自分の愚かさに嫌気が差してくる。


回避できただろうが、このイベントは…


「とにかく来て…!」


「お、おう…」


アンナに手を引かれて、俺はアレルが寝ているという医務室までやってきた。


「う、うぅ…」


「大丈夫ですか勇者様…!気を確かに…!!」


「勇者様、しっかりしてください…!!」


「勇者様!!どうか気をしっかり持って…」


まず目に入ったのがベッドに眠って唸っているアレル。


そしてその周りを、勇者を心配する人々が囲んでいた。


「アレル…大丈夫かな…」


アンナが苦しげなアレルを心配そうにみている。


治療にあたっている何人かが、諦めたように首を振った。


「おそらく毒だ…だが、種類がわからない…解毒の方法はない…」


「そんな…」


「じゃあ、勇者様は…」


人々が絶望したような声をあげる。


「一体なぜ勇者様が毒を…?」


「おそらく朝食に入っていたのでしょう」


「そんな…では毒を持ったのは城の内部の人間ということか…!?」


「それもあり得ますな…」


勇者を囲む人々が互いを探るような目で見始める。


「アンナ…ここにいても俺たちに出来ることはなさそうだ」


「う、うん…そうだけど…」


「心配ならお前は残ったらいい」


「グレンは…?」


「少し考えることがある」


俺は医務室を出て、歩きながら考える。


修行編の中盤、アレルが毒を盛られる例のイベントがどうやら発生したらしい。


もちろん俺には犯人もわかっている。


それは現在この国の政治を牛耳っている宰相だ。


宰相が人を使ってアレルの朝食に毒を盛ったのだ。


宰相はアレルの朝食に毒を入れ、暗殺を企てた。


だがそれは決して宰相が望んだことではない。


実は宰相を裏で操るある人物が今回の事件の黒幕なのだ。


「確かこの後は…そうだ。このイベントはクレア王女とアレルの親睦がより深まるイベントだよな」


ゲーム内におけるこのイベントは、別段プレイヤーの選択や頑張りによって結果が変わるものではな

く、単にクレア王女とアレルの親睦が深まるきっかけに過ぎない。


何者かによって毒が盛られ、苦しむアレルを、クレア王女がつきっきりで看病するのだ。


その甲斐あって、アレルは奇跡的に一命を取り留め、クレア王女に対して恋愛感情が芽生える。


これはそういうイベントなのだ。


だから本来なら放っといても、クレア王女がアレルを看病してアレルは勝手に一命を取り留めるはずである。


だが…


「クレア王女は現時点でそこまでアレルのことを親しげに思ってないんだよな…」


思い出されるのは、クレア王女を城の外に連れ出した時のこと。


あのイベントが、クレア王女とアレルが互いを認知する結果になりそこでクレア王女ルートが初めて発生するのだ。


だが、歯車が狂い、結局俺が王女を城の外に連れ出すことになった。


だからクレアはおそらく…


「アレルを看病しない…だろうな」


医務室にもクレアの姿はなかった。


クレアの看病がなければ、アレルが奇跡的に助かることもない。


つまり…


「俺がなんとかしないとな」


これはまた俺がなんとかして物語を軌道修正しなければならない案件だろう。


「ったく…世話のかかる勇者だな」


まぁ、歯車を狂わせたそもそもの原因は俺にあるためアレルのせいにするのは酷なんだけどな。




数時間後、医務室を訪れてみると、そこにはほとんど人がいなかった。


おそらくアレルを見守っていた人たちは、毒を盛った犯人が城内にいるという事実に互いに疑心暗鬼になり、気まずくなって去っていったのだろう。


クレア王女の姿もやはり見当たらない。


本来ならアレルの傍らに座って心配そうにその顔を見つめながら手を握ってなくちゃいけないのに。


「やれやれ…」


俺はアレルの傍らに立って、入り口の見張りがこちらを見ていないのを確認し、こっそり生と死の剣でアレルの腕に傷をつけた。


「剣よ…アレルの毒を浄化しろ」


そして剣の力を使って、アレルの体内の毒を完全に除外する。


「…すぅ…すぅ…」


息苦しそうな寝息を立てていたアレルが、安らかな顔になる。


よし。


これでひとまずアレルの命は大丈夫だろう。


…あとは。


「毒をもった宰相。これも俺が対処しないとな」


アレルに毒を盛った宰相…そしてその背後にいる黒幕を排除しなければまた同じようなことになりかねない。


俺は勇者アレルに代わって、その周りの不穏因子を排除しておくことにした。






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