第29話


「強くなれ。アレル。お前は勇者だ。お前には世界を救う力がある。世界の命運はお前にかかっているんだ」


「…違う…お、俺は勇者なんかじゃない…!」


「いいや、お前は勇者だ。腕の紋章をみろ」


「こんなの…ただの字にすぎない…俺にはなんの力もない…なのにみんな、勇者様勇者様と…無意味に俺を持ち上げて…」


「…はぁ、ったく。面倒だな」


俺は泣き言を言い始めたアレルに近づき、その顔に木刀を叩きつけた。


「ぶっ!?」


いきなり木刀で殴られたアレルは、驚いて尻餅をつく。


つー、と鼻血が垂れて地面に落ちた。


「い、いきなり何を…?」


アレルが目を丸くして俺を見る中、俺は座り込むアレルを挑発する。


「ほら、かかってこいよ、弱虫勇者」


「…っ」


「大切なものも守れない雑魚勇者。泣いてばかりの役立たずが」


「ぐ…」


アレルが悔しげに歯を食いしばる。


「負けたままでいいのかよ、アレル!!お前勇者なんだろ!?あの王子に負けてあそこまで言われて、悔しくなかったのか!?」


「…っ」


「悔しかったんだろ!?だったら、強くなれよ。ほら、かかってこい。勇者だっていうなら俺ぐらい余裕で倒せるよな!?」


「…後悔するぞ」


アレルが立ち上がった。


木刀を手にして、俺に向ける。


どうやら戦う気になったようだ。


俺はニヤリと笑う。


「こいよ、アレル。俺が相手だ」


「…グレン…なんのためにこんなことしてるのかわからないが…たとえ勇者じゃなくとも…俺はお前より強い…!!」


「どうだかな?かかってこい。それを証明して見せろ」


「うおおおおお!!!」


アレルが俺に向かって突進してくる。


遅い。


レベル999の俺には、ほとんど止まって見えるレベルの遅さだ。


これでは本来の勇者の力とは程遠い。


「ふん」


「ぐあああっ!?」


アレルが振り下ろした木刀を、俺は薙ぎ払う。


アレルは木刀を手放し、勢いで吹っ飛んでいった。


「ほらほら、どうした?俺には勝てるんじゃなかったのか?」


「ぐ…」


尻餅をついたアレルを俺は煽る。


アレルが落とした木刀を手にして立ち上がる。


「うおおおお!!」


再度の突進。


ひねりも工夫もあったものではない。


「ふん」


「ぐあぁああああ!?」


再度吹き飛ばされるアレル。


俺ははぁ、とわざとらしくため息をついた。


「なんだ、アレル。お前ってこんなに弱かったのか」


「…っ」


「これじゃあ、アンナを守れなくて当然だよな。今のお前は……アンナの隣にいる資格すらないんじゃないか?」


「…っ!?」


アレルが密かに好いているアンナを出しに使うかなり卑怯な手段。


だが、効果は抜群で、アレルの表情に火が灯る。


「グレン…お前…っ」


「こいよ、アレル。俺を倒して見せろ。それともアンナは俺が貰っちまっていいか?」


「ぐぉおおおおお!!」


アレルの突進。


「ん…?」


俺は目を見張る。


先ほどと動きが明らかに違う。


まだまだ俺にとって非常に鈍く見えることに変わりはないが、それでもアレルの動きは少しずつ早く、そして強くなってきている。


「これなら…」


俺はニヤリと笑う。


どうやらアレルの勇者としての力が少しずつ目覚めてきたらしい。




チュンチュン…


どこかで小鳥が鳴いている。


王都に朝がやってきた。


真っ暗だった中庭を、朝日が照らす。


「く、そぉ…」


中庭のど真ん中で、悔しげな表情を浮かべて膝をついているのがアレルだ。


俺を鋭い瞳で睨みながらなんとか立ちあがろうとしているが、しかし力が入らないようだ。


当然といえば当然か。


アレルは一晩中俺と戦い続けたのだから。


「はぁ…がっかりだぜ、アレル。まさかお前が俺にも勝てないぐらい弱かったとはな」


「…っ」


「これじゃあ、俺もあの王子が言っていた言葉を信じざるを得ないな。やっぱりお前、勇者じゃないんじゃないか?」


「ぐっ…」


「今のお前じゃ、大切なものは何も守れない。次にアンナが危機に晒された時……お前は守れないだろうな」


「…うっ…うぅう…」


アレルが悔し泣きをする。


ちょっと気の毒だと思いつつ、俺は勇者の力の覚醒に必要な敗北感をアレルに与えるために、アレルを貶す。


「お前が勇者に選ばれた時、正直嫉妬した。羨ましいと思った。だけど、今はただ単に可哀想だと思うだけだ。力もないのに、勇者という大役を背負わされたお前に」


「うぅうう…」


「じゃあな、アレル。せいぜいお前がここから追い出されるまでの間、俺は城での生活を楽しむぜ」


そう言った俺は踵を返して中庭を後にする。


「くそぉおおおおおおお!!!」


アレルの絶叫が、背後で響いていた。




それから数時間後。


俺が自室に運ばれてきた朝食を食べていると、アンナが俺の部屋に駆け込んできた。


「ぐ、グレン…!!大変だよ!!」


「アンナか。どうかしたのか?」


「アレルが…!!アレルがまたルクス王子と…!!」


「ルクス王子…?また模擬戦をやるのか?ルクス王子が仕掛けたのか?」


「ううん…!!今回はアレルからだって…!!」


「…そうか。場所はどこだ?」


「な、中庭!」


「わかった。すぐに行くか」


俺はアンナと共に中庭に急ぐ。


すでに中庭には大勢の人々が集まっていて、木刀を構えて相対するルクスとアレルを囲んでいた。


「おいおい…またやるのか…?」


「今回は勇者の方から仕掛けたらしい…」


「勇者、ねぇ…本当にあれが勇者なのか…?」


「よせばいいのに…またルクス王子にあしらわれて、今度こそ城を追い出されるんじゃないのか」


ヒソヒソと周りからはそんな声が聞こえてくる。


俺とアンナは前に出て、対峙するルクスとアレルを見守る。


「ど、どうする、グレン…止めたほうがいいんじゃ…」


アレルがまた負けると思っているのか、心配そうにそんなことをいうアンナに、俺は首を振った。


「多分大丈夫だ。まぁ見てろ」


「え…」


アンナが首を傾げる中、ルクスとアレルの戦いが始まりそうだった。


「ルクス王子…昨日のかりを今日返させてもらう…!!」


「はっ、偽物勇者め。お前のような雑魚が俺に叶うわけないだろうが。かかってこい。完膚なきまでに叩きのめしてお前をこの城から追い出してやる」


「うおおおお!!!」


「無駄だぁああ!!!」


どちらからともなく始まる戦い。


前回同様、勝負は一瞬で決着した。


「ごふっ!?」


真正面から突進したアレルの切り上げが、下からルクス王子の顎を捉えた。


ルクス王子は白目を剥いて地面に倒れた。


そのままピクリとも動かなくなる。


「「「「…っ!」」」」


一瞬、その場がしんと静まり返った。


アレルがルクスを瞬殺した。


その事実を、その場で見ていた人間のほとんどがすぐには受け入れられなかったのだろう。


やがて、数秒遅れて歓声と悲鳴が上がった。


「「「うぉおおおお!!!」」」


「「「きゃああああ!?!?」」」


まさかの結果に、人々はどよめきをあげ、また一部の人間は悲鳴を上げた。


「る、ルクス様…!?」


「ルクス様がお倒れになったぞ!?」


使用人たちは焦り、すぐにルクスの容態を確認する。


そんな中、騒ぎの中心にいるアレルは、気絶したルクスと自分の手の中の木刀を交互に見ながらポツリと言った。


「勝った…?」


ああ、そうだ。


お前の勝ちだよ。


おめでとう、アレル。


俺は心の中で、アレルに賞賛を送る。


「ね、ねぇ…グレン…?」


「ん?」


「もしかして…こうなることがわかってたの…?」


アンナが戸惑うような瞳で俺を見上げながら聞いてくる。


俺はニヤリと笑って首を振った。


「まさか。わかるわけないだろ」


「…」


もちろん俺はこうなることをわかっていた。


なぜなら昨日一晩中俺と打ち合ったことで、アレルは半分ほど勇者の力を覚醒させたからな。


本人は気づいていなかったが、力尽きる寸前のアレルの動きは、最初とは比べ物にならないほどに良くなっていた。


もちろん、アレルはまだ完全に勇者としての力を覚醒させたわけではない。


しかし、半分程度の力でもルクスぐらいは十分上回れる。


「ルクス王子は無事だ…!!」


「気絶しただけのようだ…!!」


「ま、まさか一瞬で倒してしまうとは…!」


「昨日の勝負はやはり、本気ではなかったのか…」


「おそらく相手が王子だからわざと負けたのだろう…」


「これが勇者の力か…凄まじい。昨日とは別人のような動きだった…」


人々が勝利したアレルを見てそんな噂をしている。


どうやらアレルは今回の勝利によって、城での地位を完全に回復させたようだった。














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