第8話


アンナを見捨てて逃げてしまったことを後悔しているらしいアレルを俺たちはひとまず一人にして置くことにした。


まぁ、見捨てたと言ってもアンナはこうして助かったわけだし、アレルならそのうちまた元の明るさを取り戻すはずだ。


俺はアンナと共に、アレルから離れ、モンスターに蹂躙されてしまった村を歩く。


「3人とも、生き残れてよかったね」


俺の腕に自らの腕を絡めるアンナがそんなことを言った。


「そ、そうだな…」


俺は自らの腕に当てられる柔らかい感触が気になって仕方がない。


たまりかねて、俺はアンナに言った。


「ちょ、ちょっと近くないか?」


俺はアンナに捕まっている腕を引き抜こうとする。


だが、アンナがより強い力でしがみついてきた。


「そんなことないと思う」


「…」


有無を言わさないアンナの瞳。


俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。


おかしい。


アンナのグレンに対する態度ってこんな感じだっただろうか。


俺が助けたことでアンナになんらかの変化が起こったのか、それとも俺の知らない『世界の終わりの物語』の裏設定的なものがあるのか…


「え…?誰、あの人たち…」


そんなことを考えていると、アンナが村の入り口を指差した。


「…さ、さぁ…?誰なんだろうな」


表面上とぼけながら、俺は心の中では「来たか」と思っていた。


村の入り口から、甲冑に身を包んだ騎士と、守られるようにして歩いている羽衣を纏った美女がいた。


彼らは王都から送られてきた勇者を迎えるための使者だ。


羽衣を纏った女性は、お告げの巫女。


勇者の誕生を予言し、その居場所を突き止めることのできる力を持っている……という設定の女性である。


「ここまでシナリオ通りか…」


俺はアンナに聞こえないように小さくつぶやいた。


『世界の終わりの物語』では、モンスターの大群に蹂躙された『始まりと終わりの村』に、王都からの使者団がやってくる。


彼らの目的は主人公であり、勇者のアレルを王都に迎え入れること。


もしシナリオ通りに事が進むなら、この後彼らは勇者であるアレルを王都に連れていくはずである。


「グレン。みにいってみない?」


「そうだな」


アンナの提案に頷いて、俺は近くで使者たちを観察する。


生き残った村人に怪訝な表情を向けられながら、巫女と騎士たちはヒソヒソと話をする。


やがて巫女が、切り株に座って項垂れているアレルを指差した。


すると騎士が頷いて、数名、アレルの元に向かって歩いていった。


「ん…?」


アレルが近づいてきた騎士に顔をあげる。


俺やアンナ含め、村人たちが見守る中、騎士がアレルに向かっていった。


「お前がアレルだな」


「…なんで俺の名前を?」


「お告げがあった」


「アレル。今日からお前は辺境の村人ではない。勇者アレルとしての人生を歩むんだ」


「私たちと一緒にこい。お前を王都に迎え入れる」


「ちょっと待ってくれ…意味がわからない…」


戸惑い。


動揺。


ゲームと同様の反応を見せるアレル。


「戸惑うのもわかる」


「だが、その腕の紋章。それは間違いなくお前が勇者である証だ」


「うわっ!?なんだこれ!?」


今更気付いたようにアレルが驚いた。


村人たちもざわざわとざわめく。


アレルの腕には、剣の刺青のような紋章が浮かび上がっていた。


「火傷したのか!?と、とれない…」


アレルが必死に紋章を擦って落とそうとする。


だが、紋章が消えることはない。


「勇者の逸話は知っているだろう。勇者として選ばれたものには、腕に紋章が浮かび上がるんだ」


「冗談だろ…?本当に俺が…勇者…?」


「そうです。勇者アレル。私たちと一緒に王都にきなさい。あなたは勇者となり…そして世界を救う人間なのです」


「世界を…救う…?」


「そうです。魔王の復活が近づいています。私は巫女。お告げの巫女です。私にはわかる。勇者アレル。世界を救えるのはあなたしかいません」


「…っ」


美しい巫女に見惚れているのだろうか。


それとも自分に課せられた運命に気付かされ、驚いているのだろうか。


アレルがごくりと喉を動かして、静止する。


「アレルが勇者…?なんだよそれ…?」


俺は、全くゲームのシナリオと同じ展開に、リプレイを見せられている感覚に陥るが、一応驚いている演技をする。


「そっか…アレルって勇者だったんだ」


「…?」


アンナの反応が案外あっさりとしていることに俺は驚いた。


てっきりもっと驚いたり悲しんだりするものだと思ったのだが…


「アンナ…?悲しくないのか…?アレルは…この村を離れて王都に行くんだぞ?」


「え…あ、うん…もちろん悲しいけど…でもアレルにしかできないことがあるんだよね?それなら、仕方ないかなって」


「…」


おかしい。


アンナの様子が明らかにおかしい。


ゲームシナリオではこの時点でアンナは死んでいるため、俺はこのイベントに対するアンナの反応は知らなかった。


だが、これはあまりにも予想外すぎる。


ゲーム内で設定としてそうあるわけではないが、序盤のアンナに対する描写を見た感じ、アンナは明らかにアレルに惚れていた。


だから、アレルと離れ離れになることをもっと悲しむと思ったのだが…


態度には出さないだけで、実際には悲しんでいるのか…?


「ほ、本当に俺は勇者なのか…?俺は…俺なんかが勇者なんて…信じられないんだが…」


「いいえ、勇者はあなたですアレル。あなたでしかない。あなたにしかなれない」


そんな中、向こうで動きがあったようだ。


自分が勇者であることを受け入れられないアレルに、巫女や騎士が必死に説得をする。


段々とアレルも彼らに押され、最後には自分が勇者であるとひとまず信じて王都に向かうことを決意する。


「…あいつが行っちまったらどうするかな」


このままだとアレルは王都に行き、俺とアンナはこの村に残される。


そうなった場合、どうしようか。


いっそのこと旅にでも出てみようか。


俺には『生と死の剣』もあるし、レベルもカンストしてる。


強くてニューゲームをしている気分で、この『世界の終わりの物語』の世界をゆったりと旅しているのもいいかもしれない。


そんなことを考えていた矢先…


「わかった。いまだに俺が勇者なんて信じられないけど…でも一旦信じて王都へ行くよ」


「ありがとうござます」


王都行きを決断したらしいアレルに、お告げの巫女が頭を下げる。


「ただし条件がある」


「…条件?」


ん?


条件?


シナリオと違うぞ…?


巫女や騎士、そして俺が首を傾げる中、アレルが言った。


「あの2人も王都に連れていってくれ。あの2人が一緒じゃないなら、俺は王都へは行かない」


「は…?」


「え…?」


アレルに指さされた俺とアンナは2人してポカンと口を開けたのだった。

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