八章 交錯する前世と今世
第1話 隠された宝の街の領主
《
「アンナリーザ様……?」
「さあ、到着だ! 気を付けて降りてくれよ」
よろめいた彼女を気遣うユリウスの声に、ゲルディーヴはしゃいだ声が重なった。
でも、そんな心配以前に、アンナリーザは一歩も動けなかった。足が震えて、心臓がどきどきとして、船舷に頼っていなければまともに発てそうにない。足と同様に震える指で、アンナリーザは海賊船を見上げる地上に人々を指さした。歓迎の列の中心にいる、レイナルドの髪とエルフリーデの目をした青年を。
「ユリウス様……あの、赤毛の青年……」
「ええ……彼が、何か?」
アンナリーザの声もまた、みっともなく震えて掠れていた。けれどユリウスは、優しく辛抱強く頷いてから尋ねてくれる。その落ち着きに支えられた思いで、アンナリーザはどうにか次の言葉を続けることができる。
「レイナルド王に、似ているのですわ。あの……私は、肖像画で見ていましたから……」
どうしようもなく動揺してはいても、レイナルドの顔を知っていることの言い訳は、何とか忘れずに付け加えることができた。そう、今や建物の二階から見下ろすくらいの近い距離にいる
(偶然なはずは、ない……?)
確信は、深まる一方で──けれど、喜びよりは不安が募っていくのが悲しかった。
(外見が似るのは当然よ……でも、人柄のほうは……?)
海賊と手を組んで、他国の使節を襲わせる──その行為に、十分な理は本当にあるのだろうか。イスラズールで育てられて、この国の気風に染まっていたりはしないだろうか。父の粗暴さを受け継いでいたりは……?
「……まさか。いえ、まだ分からないですが……」
分からない。その不確かな言葉が、今のアンナリーザにとっては希望になった。なぜか突然青褪めたとしか見えないであろう彼女に、怪訝そうに眉を寄せながらもユリウスは丁寧に語り掛けてくれる。彼がいてくれるから、我を忘れて取り乱さずにいられた。
「王族であれば、話が通じると期待できるかもしれません。ディートハルト様──従兄弟
ユリウスも、クラウディオに思い至ってくれた。考え過ぎではないという保証してもらえたのか、単に彼女に合わせてくれているのか──アンナリーザは、そっと溜息を吐きながら首を振った。
「分からないのです。申し訳ございません……驚いたのと、ほっとしたのも、あると思うのですけれど」
「おーい、何やってるんだ? 下の奴らが待ってるぞ?」
アンナリーザの苦しい嘘に、ゲルディーヴの気楽な呼び声が重なった。彼はもう、縄梯子を半ばまで降りているらしい。ぐずぐずするなと、言うことなのだろうけれど──アンナリーザは、まだ動けそうにない。
と、ユリウスがアンナリーザの手をそっと取って、彼の腕を掴ませた。
「……私にしっかり掴まってください。なるべくご無礼のないように、支えて差し上げますから」
「は、はい……!」
ユリウスの存在は、肉体以上にアンナリーザの心の杖になってくれた。彼に縋ることでやっと、アンナリーザは不安定な縄梯子に足をかける気力をかき集められた。
* * *
アンナリーザとユリウス、それにベアトリーチェは、ようやく地面に降り立った。本当の意味でのイスラズールへの到着で、
「さあ、いよいよご対面だ」
海賊たちの仕事はここまで、ということらしい。ゲルディーヴは高みの見物の構えで、アンナリーザたちを紹介してくれる気配はない。代わりに、ということなのか──
「マルディバルのアンナリーザ殿下。強引なお招きになり、大変申し訳ございません」
「…………」
礼儀を守るなら、きちんと挨拶を返すべきだろうに、でも、アンナリーザはユリウスの影に隠れるような有り様で何も言えない。安心して良いのか、
アンナリーザの答えを待ってかしばらく沈黙した後、
「私は──イスラズール王の子、クラウディオです。フェルゼンラングの方も同行されていると伺っているので、ご存知だと良いのですが」
「クラウディオ王子。では、やはり貴方が……!?」
(……立派に成長してくれたわ。
こんなふうに、息子の真意を疑う形での
正しい判断を下すには、
アンナリーザとの対話を断念したのか、
「王子というか……
(王子には相応しくないわ……!)
実態は、過酷な重労働に従事する農家とさほど変わらない。初期に入植した者たちが鉱山の利権を得たのに比べると、領地から見込める収入も低い。しかも、伯爵だなんて。王の愛人に過ぎないマリアネラでさえ女公爵に列せられたというのに、王子に名ばかりの爵位でさえも与えないなんて。
(レイナルド……
前世の夫への憤りによって、アンナリーザは少しだけ気力を取り戻すことができた。彼女が唇を噛み、足を踏みしめる間に、クラウディオとユリウスはやり取りを進めている。
「この地……確かに、大陸にはこんな街があることは知られていません。思った以上に栄えているとは、思いますが……」
「テソロカルト──隠された宝の街、と名付けました。私だけの力ではなく、前の
言いながら、クラウディオは力強い眼差しを周囲に巡らせた。ささやかではあっても、彼の領地、彼の民を誇るかのように。そして、アンナリーザたちを真っ直ぐに見据えて、告げる。
「この地から、我々は父に反旗を翻そうとしています」
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