俺のパーティーが過保護すぎる。

ナナコロ ヤオキ

第1話

 なんて良い天気なんだ。

 腹が立つくらい澄んだ空気と空。

 長かった雨季が終わって、やっとまた畑にも出られるし、友だちにも会えるし、山にも篭れると思っていた。

 あー、本当に風が気持ちがいい。

 今、馬車を飛び降りたらそのまま走って行けるだろうか。

 出来る気がする。女神の大樹から落ちても、かすり傷ひとつなかった。

 気をつけるとすれば、馬車の後ろを走る護衛の馬に蹴り飛ばされることか。


 エレンの顔に、力が入ったのを、前に座るレオは見逃さなかった。

「何か気になる事でも?」

 声をかけられて、思わず狼狽えてしまう。

「いやぁ、えーと、向こうにドリルホーンが見えてー…」

 エレンは咄嗟にたまたま目についたものを口に出した。まだ大人になり切れていないドリルホーンの子どもだが、体はもうしっかり馬車の一回りほどの大きさはある。

「…ああ、本当ですね、ここまで距離がありますから襲われる心配はないでしょうが、…そうですね、食糧として少し獲っておきますか。」

「えっ!!ちょっと待って、あの子食べるの!?」

 エレンはレオの発言にびっくりして思わず叫んだが、それを聞いてレオもまた驚いた。

「あぁ、まぁ、…ドリルホーンの肉は大変美味ですから、士気もさらに上がりましょう。まだ十分手持ちはありますが、何があった時のために余分にあってもいいでしょう?荷物も余裕ありますし。」

「え…、何を…。」

 エレンはとても困惑した。

 今まで生き物は皆友だちだと思っていたから。

 これまでの食糧はほとんど、農作物や、森や山で採ってきた木の実や果物だった。

 それが、生き物の肉を食べるなんて!!

 生き物が食糧として使われている事は知っていたし、その美味しさも栄養価ももちろん知っている。ただ、わざわざ生きているものを狩ってまで食糧にするなんて…。

 エレンにはとても考えられない事だった。

 そうしていると、レオは御者に話しかけて馬車を止め、周りの騎士に声をかけているところだった。

「ちょっと、ちょっと待って、食糧がまだあるならわざわざ獲らなくてもいいんじゃない!?あの子の親も心配するだろうしまだ生きてるのに可哀想だよ!」

「君は面白いことを言いますね。乱獲という事でも無いですし、ただ無駄にしたりするわけでも無い。ちゃんとその命に感謝をしてから頂きますよ。」

「えぇ…。」

「それにこの近くに村もありますから、凶暴化して襲撃に遭う事も防げますしね。ただ親が近くに居るとすれば注意すべきですね…。」

「凶暴化だって?」

 エレンはますます驚いた。

 何を言っているんだろう。

 そんなの聞いた事も見た事もない。

 しかも、そんな起こるかどうかわからない可能性の為だけに生きているあの子を殺すの?

 レオはエレンをじっと見つめた。エレンが考えていることがわかっているのか、わかっていないのか。何も言わずに表の騎士に向かって指示を出し、自分も馬車を降りた。

 我に返ったエレンは、レオを追って馬車を飛び降り、馬で走り出そうとする騎士を呼び止めようとしたが、それをレオに制止された。

 エレンは、レオに厳しい視線を投げる。

 レオは、エレンの刺すような視線を浴びて、体に力が入った。

 掴んだエレンの細い腕は、見た目に似合わずとんでもない力が備わっているようだ。足を止めたエレンは、レオの手を投げ捨てるように振り払う。

「すみません。何の説明もせずに…。」

 言い終える前に、エレンは馬車に引き返してドアを乱暴に閉めてしまった。

 残されたレオは、やっと息ができるようになったかというほど、一つ大きく深呼吸する。

(ふうぁあああああぁああああーーーーーーーーーーー!怒らせた!?怒らせちゃった?どぉーしょーおああぁあーーーー!!)

 レオは馬車の陰にしゃがみ込み頭を抱えた。

「え!え!?食べないの?食べるでしょ?食べちゃダメだったの?獲っちゃだめなの?でも獲るよね、食べるよね、王都では普通だよね、国でも普通だよね、誰もが憧れる超レア食材じゃん!え、エレンの村では食べないの?え、俺らまだ何にも分かり合えてない!?もっと会話しないと!でも、でもでも、エレンったら会った時からあの調子なんだよーーー!はじめはすっごく素敵な笑顔見せてくれたのに、ちょっと一緒に来てってお願いしたらめっちゃ睨んでくるし、なんか色々説得して渋々ついてきてくれたけど、道中まっっっったく喋ってくれないし!やっと動きがあったと思ったら、なんか怒っちゃったし!ドリルホーンとか見つけるからお腹空いたのかなとかさー!」

 残っている騎士たちは離れているので気づいていないが、すぐ足元にしゃがみ込みブツブツ言っているレオを、御者は知らないふりをして、馬が動かないようにじっと息を殺している。何故か触れてはいけない、石か壁にならないといけないそんな気がした。そうして彼は静かに馬車の一部と化した。

「いや、急に動くし、話し出すし、心の準備も出来てないのにそういうサプライズ的なのはダメだ。いや、もし話しかけるならどうしようとか、何か聞かれたらどう答えようとか、シュミレーションは何通りか考えてたけど!タイミングとかあるし、思ってたのと違う事されたりするとさ!テンパっちゃうだろ!うわーーー、でも、でも…怒ってるエレンも可愛かった…。腕が細すぎてびっくりした…ずっと捕まえてたかったけど!思ったより力強いんだもん!!!」

 御者のその顔は、教会の女神像のように穏やかだ。


 大国プラナタリアの王都ロメリアよりエレンを迎えに遣わされたレオバルト=アルメリアは第二騎士団の副団長であり、プラナタリアの第三王子である。

 今は鎧は外して隊服しか身につけていない。しかし、その姿が映える長身で細身ながら引き締まった身体、光を放つように揺れるブルーグレーの髪、深い海を覗いたような潤んだ碧い瞳。

 白すぎる肌や、整った顔立ちもあり、王族とは分かれども、大型のロングソードを振り回す、国内屈指の武人だとは知らなければ分からない。まぁ、国民であれば見た事は無くても第三王子が騎士団で凄腕の副団長である事は皆知っている事実である。

 幼い頃から、自分は王位の継承権から遠いというのを利用し、勉強はそっちのけで体術、武術ばかりやってきた体力バカだ。幸い優秀で仲の良い兄が二人もいて、城内も平和なため、好きな事をやっていても何も言われずにいる。騎士になる時も、なった今でも止められる事も非難される事もなかった。どちらかといえば、都合のいいように使われている感があるくらいには忙しく動き回らせてもらっている。

 第三王子とは言え、寄ってくる貴族も、またその令嬢も少なくはない。継承権も全くないわけではないわけで。めんどくさいので放棄しようとも考えだが、父である王にも、兄たちにも拒否された。

 ただ体を動かし、剣を武器を振り回しているのが好きだったため、23になった今でも女性を知らない。というか興味がなかった。パーティーに参加することもあったし、綺麗に着飾ってアピールするご令嬢もたくさん見てきたが、正直、皆顔も着ているものもおんなじで違いがわからない。ゴテゴテに塗りたくる顔も、装飾も怖いくらいだった。自分はおかしいのかと兄たちに相談した事もあったが、自分たちも同じだと言われ、ほっとしたものだ。

 ただ、そんな兄だが、

「どんな大勢の群衆の中にいても輝いて見える、どこにいても見つけてしまうっている者が、居るんだよ。」

と、しっかりと伴侶となる婚約者を見つけている。

 が終われば、結婚式と正式に第一王子である兄に王の座を継がせるという発表をするとの事だ。

 そのためにまず、『勇者』たる『選ばれた者』を探し出し、王都に連れ帰る。それがレオに任された仕事であった。

 が終われば、第一王子である兄が結婚し、遠くない未来に王位を継ぐ。

 自分は何に惑わされる事もなく、騎士として仕事に集中する。そして、40くらいで引退して、騎士学校の講師でもしながらゆっくり暮らす。

 それがレオバルトが描いている未来だ。

 特に結婚願望も無いし、そもそも相手もいない。作る気も無い。跡継ぎを求められる事もない(と思う)。

 誰かと一緒にいるなど、縛られるなど、窮屈だ。邪魔者以外の何物でもない。


 そう、レオバルトは思っていた。

 ずっと。

 

 それが全て、今回の任務で変わるのだ。

 王都から馬で二週間。プラナタリアの東端、辺境の地ラナキュラス領にある村セントポリア。

 『勇者』を探し始めてから三ヶ月。居場所を突き止め、この地までやって来た。

 そして、エレンにとってはで、レオはここで『運命の人』エレンに会えたになる。

 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺のパーティーが過保護すぎる。 ナナコロ ヤオキ @bunbougu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ