第5話 力になりたい

 さっきまで小野寺くんが座っていたイスにそっと腰を下ろして、彼が残したもうひとつのおにぎりを開封した。


 ぱり、と海苔の裂ける音がする。それを感じてか小野寺くんが再び顔を上げた。


「……なにしてんの?」


「だっておなかすいたから」

「帰ればいいだろ」

「帰らないよ」

「はあ?」


「八つ当たりくらいいくらでもしてくれればいい。それで気が晴れるのなら」


「なに言ってんの」


「……わかんない。でもそうしたいんだよ」


 私に出来ることなんて、ほんの少ししかない。でも。


「ほんの少しでも、力になりたいんだよ」


 小野寺くんが、こんなにもがんばってるから。


 小野寺くんはなにを言うでもなく作業に戻った。勝手にしろ、ってことかな。なら勝手にさせていただきます。


 終わりを迎えたのは日付が変わるギリギリのころだった。いつの間にかうとうとしていたらしい私の膝には、気づかないうちにブランケットが掛けられていた。


「あ……れ、私」


「寝ながら応援なんて初めて見た」


「ぐ。すみません……」


「帰るよ」

「……はい」


 ほんと、なにしてたんだか。私は。


「あんみつ」

「へ」


「ありがとう」


 あまりに驚いて返事ができなかった。小野寺くんはキョトンとする私を「ふ」と笑うと「遅いし家まで送る」とまた驚くことを言ってきた。



 それから毎日私は小野寺くんに付き合うことにした。ゆうこさんには「えー!? そこまで頼んでないよ!?」と心配されてしまったけど、なんとなく、乗りかかった船というか。


 最初こそ無視というか邪魔者扱いだった小野寺くんも次第に「作るとこ見る?」だとか「今日のどうかな」だとか私に意見を求めてくるようになっていた。びっくりだよね。


 ちなみにおにぎりもコンビニのものからもっと栄養が摂れるように〈あんみつ特製 いろいろ具材の手作り爆弾おにぎり〉へと変化した。「性格が出てる」なんてひどい感想だったけど。もう。


 そうして、いよいよ。


「やあやあ。いよいよだね兼定」

「はい」

「出来はどう」

「どうすかね」

「へえ、自信満々じゃん」

「いや、なに聞いてそう思うんすか」

「っはは」


 前日。今日はシェフも一緒に残って様子を見てくれるそうです。


「あんみつちゃんもすっかりマネージャーだね」


「はい。スイーツ部マネージャーのあんみつです!」


 せっかくなので乗っかってみた。すると「やめて可愛すぎる」なんて言われて反応に困る。


「兼定は幸せ者だ。羨ましすぎるから失敗すればいいのに」


「なんてこと言うんすか!」


 ぶわはは! と豪快に笑う。すごいや。シェフがいると場の空気が全然ちがう。前日という緊張感が見事に吹き飛んじゃった。


 だけど遊びはここまで。その後は私が入る隙は一切ないくらいに二人で最後の詰めに集中しはじめた。このオンオフの姿にも、こっそりですが結構痺れます……。


 そんなわけで、いよいよ当日。


 〈シャンティ・フレーズ〉スイーツコンテスト部マネージャーのあんみつはお店にて祈るような気持ちでその結果を待ちました。


「来た」


 画面を見つめるシェフのそのひと言でお店に緊張が走った。


「おほほ」


 シェフはそう笑うともったいぶるように全員の顔を見回した。もう、人が悪い!


「ど、ど、どうだったんですか……?」


 堪らず訊ねるとシェフは嬉しそうに画面に映る文を見せてくれた。



【協会会長賞 優勝です】



 平静を装うようなシンプルな文面が小野寺くんらしい。


「……ぃやったああ!」


 なりふり構わず跳ねて喜んで南美ちゃんと抱き合った。わあ、嬉しい! こんなにも嬉しいんだ!


 仲間が報われるのって、嬉しい!


「はあん、えへへ。涙出ちゃった」


 指で目元を拭っているとシェフが「甲斐甲斐しいサポートの賜物だ」としみじみ言うからなんだか恥ずかしい。


「よくやった。あんみつちゃんのおかげだね」


「ひいん、シェフぅ……」


 また泣いてしまった私とシェフに「いやそれ小野寺くんに言わせないと」と佳乃さんから的確なつっこみが入る。


「ま、なんにせよこれで私の店長デビューはなくなっちゃうわけか。ちぇー」


 そう言う佳乃さんは、言葉の割にはそれほど悔しそうな感じがなかった。




 その夜、閉店後に小野寺くんを迎えた〈シャンティ・フレーズ〉では、盛大にお祝いが催された。


 ……といっても、缶のお酒と簡単なおつまみだけだけど。



「兼定、『初』優勝! おめでとうー」


「「おめでとうー!」」



『初』にやたらと力を込めるシェフがなかなか憎い。


 小野寺くんはシェフからも佳乃さんからもいーっぱいに撫でくり回されて大変そうだった。


 ああ、いいな。なんだか本当にどこかの優勝校のマネージャーにでもなった気分だ。



「じゃあ約束通り、二号店の店長は兼定……で異論はない? 佳ちゃん。みんなも」



 シェフの言葉に一瞬どきりとして、そしてゆっくりと頷いた。だけど小野寺くんだけが「いや」とその口を開いた。



「二号店の店長、佳乃さんにしてください」



 え。……なんですって!?




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