第2部 恋愛編

第1章 ライバルはママさんパティシエール? まさかのあんみつ争奪戦勃発!?

第1話 ことのはじまり


 ──そうして勉強に、接客に、製造にと励んで過ごした三年。〈シャンティ・フレーズ 二号店〉の話が現実的になりつつある新緑まぶしいある春の日。


 ことのはじまりはこの人が厨房に復帰してきたことだった。


「ねえ、それって手順こっちの方が効率的じゃない?」


 佳乃よしのさん。五年前までここ〈シャンティ・フレーズ〉でパティシエール(女性菓子職人)をしていた人。



「……は? こっちのが断然早いすけど」


 こたえるのはすっかりパティシエ姿が板に着いた入社四年目となった小野寺おのでらくん。この春に佳乃さんが復帰するまでは妹の南美みなみちゃんと平和にパティシエ業務をこなしていたんだけど……。


「そう? ならちょっと時間計ってみて」

「自分が慣れててやりやすい方法がいちばんと思いますけど」

「んー……そうかな?」


 はい。ご覧の通り現在はかなり空気が悪いのです。


「あれは相性最悪ね」

「……ですよね」


 売り場からこっそり厨房の様子を窺いながらシェフの奥さん、ゆうこさんとともに頷き合った。


那須なすくんとは二人とも上手くやれてたのにねぇ」


「うーん。似てるってことですかね、小野寺くんと佳乃さんのタイプが」


「なるほど。似てるから那須くんとは二人とも合うけど、小野寺くんとよっちゃんはバツってことね」


 那須さん、というのは佳乃さんの旦那さんで、三年前までここ、〈シャンティ・フレーズ〉でパティシエをしていた人のことです。


 佳乃さんと小野寺くんの言い合いは日常茶飯事。さっきのようにほんの些細なことから怒鳴り合いにまで発展するから挟まれるシェフもため息。


「小野寺くんって、そんな考えだからコンテストでも優勝逃すんじゃない?」


「は? 関係ないっしょ!」


「まあまあ二人とも」


 シェフの仲裁にはしぶしぶ従うけど、ふい、と離れてその後はお互い口も利かない。うう。これはかなりまずい。


 佳乃さんが先に休憩に入ったところで「そろそろだよね」とゆうこさんに背中を押された。「ゴー、あんみつ!」


 むう。私だって佳乃さんとはそんなに親しいわけじゃないんですよ?


 とにかくこれもヴァンドゥーズの勤めとあらば、お話聞かせていただきます。



「おつかれさまでーす」


「ああ、あんみつちゃん。おつかれさま」

「わ。佳乃さんそれ、手作りですか?」


 佳乃さんの前には野菜がカラフルなとっても可愛いお弁当があった。


「ああこれ? 娘のお弁当のついでにね」


 佳乃さんの娘さんは三歳の保育園児さん。


「すごい! 朝から作るんですよね? え、何時に?」


「ふふ。五時くらいかな? 慣れれば全然出来るよ」

「ええー。大変ですよー」


「あんみつちゃんもやってみれば? 花嫁修業」


「うーん。自分のためだけとなると……やる気起きません」

「ああそれわかるわ。私も独身の頃はそうだったー。食べられればなんでもいいやって思っちゃうよね」

「ですですー」


 そう言う私の今日のお昼は気休め程度に野菜が挟まったサンドイッチ。コンビニです。お世話になってます。


「そういえば、どうですか? 小野寺くん」


 結構ナチュラルに切り出せたと自分でも思うんですけど、どうでしょう。佳乃さんは「ええー? なんで?」と本心かとぼけているのかよくわからない返事をした。


「なんでって……それは」


 仲悪そうだから。


「仲悪そうだから?」


 ぐは! 心の声、聞こえましたか!?


「……合いませんか? タイプというか」


 単刀直入に訊ねてみた。


「どうかな。あんまりそういうの考えたことはなかったなぁ。ただ私は気になることとかなんでもぱっと言っちゃうから、なんとなく毎回言い合いみたいにはなっちゃってるよね」


「今日もほら、コンテストで優勝できないとか言ってたじゃないですか……」


「ああ、あれダメだった?」


「私は触れないようにしてます……」


 二号店の店長を任せる条件として三年前に出された課題『コンテスト最低一回優勝』を小野寺くんはじつは未だに達成できていない。いつもいいところまで行ってはいるらしいけど。


 佳乃さんは「ふうん」と返して「でもさ」と続ける。


「ほんとにそうだと思わない? 彼、柔軟性がないっていうか、あんな頑固野郎じゃそりゃ優勝はとれないよ」


 そういう佳乃さんは学生時代に一度と就職してからも独身時代に一度優勝経験があるつわものなんだとか。


「がんばってるみたいですけど……」

「私も出てやろっかな」

「え」

「ブランクある私が優勝したら相当悔しがるだろうね。ちょっと見てみたいかも。あのスカした野郎の悔しがるところ」


「ひい、佳乃さんん」

 顔がお悪いですぅ。


「うそうそ。冗談。そんな暇なんかないもん。仕事できてるだけで家族には大感謝だよ。特にパパには」


「あ……那須さん、お元気ですか?」


「元気元気。相変わらずだよ。三歳の娘にウザがられちゃうくらい」


 あっははは! と明るく笑った。佳乃さんは家族の話をしてる時がいちばん幸せそう。


「ね。そうだ、あんみつちゃん」


 前から聞いてみたかったんだけど、と前置きされた話題はちょっと予想外のものだった。


「将来とかって、なにか考えてる?」


「え、将来ですか?」


「そう。販売員として、こう……ずっとこの〈シャンティ・フレーズ〉に貢献したいのか、逆にいろんなお店経験したい、とか。あとは……誰かとお店やりたい、とかさ」


 誰かと、お店……。


「そうですねぇ。いろんなお店でやってみたいとは思ってますけど、最終目標は……」


「最終目標は……?」


 佳乃さんは興味津々といった様子で目を輝かせて聞いてくれた。


「えへへ。……ヴァンドゥーズの、講師みたいなものになれたらなって」


「講師?」


「そうです。ヴァンドゥーズとして、出来ないことや知らないことがなにもないようになれたら、今度はそれを誰かに伝えていけたらなって」


「すごい! そんな未来まで考えてるんだ?」


「まだなんとなく、ですけど」


 こんなことを考えられるようになったのは小野寺くんのおかげなんだけどね。


 すると佳乃さんはぐっと身を乗り出して更に私を見つめた。「あんみつちゃん」


「……な、なんですか」


 なにを言われるのか見当がつかずたじろいだ。すると相手は「ふふ」と愉快そうに笑ってこんなことを言う。


「スカウトさせて」


「へ?」


「あんみつちゃんを。スカウトしたい」


 言葉の意味がうまく理解出来ず目をしばたいた。



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