最終章 春は別れの季節✿幸せ届けるヴァンドゥーズ!

第1話 変化の春


 三月。苺が旬を迎える季節であり、卒業、入学、進級、就職とお祝いごとの多い季節でもある。


 そんな理由から、ケーキ屋さんではこの時期が一年のうちでクリスマスの次に繁盛するとも言われています。


 さて……。


 そんな中で、我がシャンティ・フレーズには変化を迎えようとしている人が三名。


 まずはじめは、もちろんこの人。


「兼定」


「はい」


 三月になったばかりのその日。開店前にシェフが小野寺くんに声を掛けた。


「那須くんの仕事、今日から全部引き継いでもらうから、気合い入れてよろしく」


「な……いきなり全部すか」


 そう驚くのは小野寺くんではなく那須さんの方だった。


「できるよね?」


 にやりと確認されて、「ふ」と笑って返す。「余裕ですよ」


 すかさず、ぱこん、と那須さんに頭を叩かれていたけどね……。


「おまえみてーな可愛げのない後輩初めてだ」


 ボヤきながらもなんだか二人は兄弟のように楽しそうに仕事をしていた。


 そんなわけで小野寺くんは約束通りヴァンドゥールの制服から、晴れてパティシエさんのコック服へ変わることとなりました。む、どちらにせよカッコ良さは顕在か。またファンが増えたりして?


 そして、那須さんからの引き継ぎがほぼ完了となった頃、シェフから小野寺くんにこんな話がありました。


「兼定」


「はい」


「テストさせて」


「テスト……?」


「うちの苺ショート、やり方教えるからひとりでやれるようになってみて」


「……はい!」


「完璧だったら、来週からは兼定に任せるよ。うちの看板商品」


 厨房スタッフの全員が驚いた。看板商品の苺ショートは、開店以来シェフ以外が作らせてもらえたことはないものだから。それは、テストという名の引き継ぎ。小野寺くんが、一歩、また一歩と先へ進んでゆく。


 私も。負けていられない。


「ゆうこさん」


「ん、どうした? あんみつちゃん」


「お店のホームページ管理やSNS運営、私にやらせてもらえませんか?」


 自分で切り拓く。


「ああ、それナイス! ぜひ若い子にやってもらいたい!」


「私もまだまだ勉強中なんですけどね」


「いいね、あんみつちゃん。小野寺くんに影響されてるんだ?」


「ん……まあ」


 そうはっきりと言われるとなんだか悔しいけど。でもライバルですからね。私たち。


「ならあんみつちゃんもちょっとテスト、なんてどう? してみない?」


「え……?」


 思いもしない提案だった。


「べつに結果でどうこうするものじゃないから気負う必要はないんだけどね。ただヴァンドゥーズとしてあんみつちゃんがどのくらい成長できてるか、っていうのをみるの」


「どんなテストですか」


 恐る恐る訊ねてみた。するとゆうこさんは「それは当然」とその目をきらりと輝かせた。


「クレーム対応よ」


 どきん、と途端に緊張した。


 内容はシンプル。ゆうこさんがお客様役をして、理不尽なクレームを付けてくる。それを私がどうさばくのか、というもの。


「じゃあ来店から……」


 そう言って出入口に向かおうとするゆうこさんに「待って」と声が掛かった。


 揃って振り向くとそこには腕を組んで不敵に微笑むシェフの姿があった。


「俺にやらせて」


 なんですと!?


 シェフはそれは楽しそうに「いいよね?」と私に確認をするとにこにことゆうこさんと入れ替わって出入口まで進んで準備を始めた。その様子にゆうこさんは呆れ顔。小声でぼそりと教えてくれた。


「もと演劇部」


 なんと。血が騒いだのでしょうか……?


 とにかくシェフが相手なんて緊張は更に増した。だけど言ってもいられない。私はプロのヴァンドゥーズ。どんなクレームでも、ひとりでしっかり捌けなきゃ。


 シェフは「ではよろしく」と言って一度外へ出ると、すっかり『お客様』の顔をして来店された。


「いらっしゃいませ!」


 緊張は表に出してはいけない。意識しすぎると余計に硬くなるから、落ち着いて。普段通りに。いつも通りに。


「……あんねぇ、お姉さん」


 その目つきとひと言で、一瞬にしてテストとは別の緊張が私を襲った。それは接客中に『クレームだ』と察知した時に襲われる緊張と同じもの。


 すごい。この人はシェフじゃない。『お客様』なんだ。


 どんなクレームを言われるのか、と生唾を飲んで身構えた。




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