第4話 常識外れ

 自動ドアを抜けるとすぐにもわんと暑い空気に包まれる。


「これ、どこで食べるんですか?」


 イートインスペースはないお店だったのでそのまま持ち帰ったけれど、私たちに帰る場所はない。この暑さの中では、長く持ち歩くことも躊躇ためらわれる。


「そこの公園のベンチ」


 さも当然というように彼が指さすそこには、たしかにベンチがあった。一応藤棚のような屋根のあるベンチだけど、外ですよ?


「使い捨てフォーク付けてもらったから。ほら、いくぞ」


 ほかに手はなさそうなので文句は言わない方が無難らしい。仕方ないなぁ。


「いつもこんなことしてるんですか?」


 口を付ける前にフォークで綺麗に半分こした。一円単位で割り勘にするんだもん、きっちり分けないと。


「こんなことって?」


「ひとりで公園で」


 ひとりで公園でこんなことをしていたらさすがにまずいと思うのですが。


「ま、遠方だったら仕方ないっしょ」


 やるんだ……。


「通報されますよ」

「は? なんで」

「不審者でしょ」

「健全だろ、ケーキ食ってるだけなのに」


 この人、思ったより常識外れかも?


「小野寺さん、もうちょっと人の目とか気にした方がいいですよ」


「よく言われる」

「言われるんだ」


「それより」


 言いながら苺ショートをフォークで刺して持ち上げてまじまじと眺めている。


「イマイチ」


「えっ」


 そんなはっきり言っちゃうんだ。


「まあ私生活含めて非常事態みたいだったから仕方ない部分はあるのかも」


 たしかにあのシェフ、大丈夫なのだろうか。心配だ。


「にしても苺も安物だし生クリームもそんなにお金かけてない。スポンジはうまいけど全体としては馴染んでない」


「はあ」


 ケーキ作りに関して素人の私にはよくわからない。


「イチオシのシナモンムースも珍しいってだけでそこまでパンチはないかな」


「美味しいですけどねぇ」


「リンゴ欲しくなる」


 それは物凄く的を射ていた。このムースには煮たリンゴがベストマッチ。というかリンゴがないために物足りない印象にすらなってしまっている。


「でもリンゴを入れたらリンゴにメインを取られるから、そもそもムースでシナモンをメインにするってこと自体が難しかったんだろーね」


「うーん、難しいもんですね」


「接客はどう思った?」


「ええと……」


 授業で先生に当てられた気分だった。的外れな答えを言っては笑われかねない。むむむ。


「にこやかでいい接客でしたけど」

「本気かよ」


 あら。だめでした?


「いくら正直者でもあんな大っぴらに家庭の事情を喋るのはNGでしょ。おかげで味の印象まで変わっちまった」


「たしかに……」


「あと壁の振り子時計もない方がいいかな。ふ、ビビってたろ、おまえ」


「む。バカにしないでくれません? あと『おまえ』じゃなくて『小倉おぐら』ですっ」


 口を尖らせると「ふ」と笑われた。んん、悔しい。すると「さ、次いくぞ」と立ち上がるから慌てて残りのケーキを口に押し込んだ。




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