4 影に歴史あり
我ら影の一族・
「ヤツ等は巧く朝廷に取り入った。もともと隠れた存在だった我らは表舞台に立つことなど望んでいない。ヤツ等の活躍が現代までいろいろと伝えられているが、その中には
ところが平安のころ、雲行きが変わってくる。影の一族が守るべき陽の一族の
「陽は影とともにあり、影は陽とともにある。陽があるからこそ影が存在できるのであり、影ができるからこそ陽の存在が明かされる。陽の存在しない影はありえない、それはただの暗闇だ ――我らは陽の一族をヤツ等から隠すことにした」
影の一族は『影』を名乗って
最初のころは影の一族と密かに連絡を取り合い、問題なく過ぎていった。が、龍の背に幾度となく戦乱が繰り広げられ、いつの間にか陽の一族は所在不明となった。あまりに多くの、しかも強力な災厄魂の出現に、影の一族の手が回らず、陽の一族のなかには災厄魂に取り込まれた者も多い。影は陽を求めて探し回ったがなかなか見つけられず、滅んだのではないかと思われていた――龍の背とは日本列島を示す。
「そんなわけで、ライガ、おまえ、滅びたと思われていた陽の一族の
「ちょっと待ってよ――それじゃ、なに? アカツキって苗字だけで僕がその陽の一族だって言うわけ?」
「わたしの影がおまえの手を引いた時、おまえの影はわたしの影に融合した。
「だって、あれはあんたが僕の影を消したんじゃ? 母さんの話は
「確かにわたしは他人の影も操れる。が、あの時はあいにくそんなことはしていない。そうだね、今は信じなくてもいい。どうせそのうち判ることだ」
ひなたが、黙って話を聞いていたマスターに、プリンある? と聞く。ございますよ、とマスターが微笑んで、カウンターに戻っていった。もうお腹がすいたのか、と内心呆れた
「影の一族は3つの系譜が残っている。頭領はわたしの婚家・
「そういえば神影さん、結婚してるんですね。大学生かと思いました」
「うん? わたしはまだ22になったばかりだ。大学生に見えてもおかしくない。高校卒業して、たいして経たないうちに結婚したからな」
「へぇ……それって政略結婚とか? すごく家柄とか、
「馬鹿を言うな――司法試験に合格したらご
「司法試験?」
「高校在学中に司法試験予備試験に合格して、すぐに受けた司法試験にも合格した。司法研修を終えるのが待ちきれず、さっさと婚姻届けを出した――そういえば、挙式するって約束が果たされてないな……」
どんだけ秀才なんだよ? と思った雷雅、いや待てよ、と思い直す。
「それって、神影さん、影を使ってカンニングしました?」
「影を使って? なるほど、その手があったか――いいや、使ったのはコネだ」
「コネ?」
「災厄魂の存在は国家機密だ。バラすぞ、と脅してみた」
「誰を!?」
「それは言えない。が、脅すまでもなく合格してたようだけど」
「って、国家機密?」
「うん、災厄魂の存在が一般に知られてみろ。誰も出歩かなくなる。パニックを引き起こすかもしれないし、どれほど経済にダメージを与えるか。大昔から治政者どもの一部は災厄魂の存在を知っていて、我ら影一族に狩ることを命じてきた」
我々が災厄魂を狩るのはボランティアじゃない。警察の特殊な部署から依頼が来る。で、成功報酬制だ。たまにイレギュラーで狩ることもあるけどな。
「キミを襲おうとしていた災厄魂を狩るため、わたしはあの場にいた。特殊警察からの依頼でだ。それなのにキミを助けたため、狩りそこなった。遺失利益の賠償請求をしたいくらいだ」
「えっとさ、僕が陽の一族としたらさ、影の一族の神影さんは僕を守るのも仕事なんじゃないの? なのに費用請求するって変じゃない?」
「ほう……とうとう気が付いちまった。ライガ、思ったほど馬鹿じゃないな」
さすがは陽の一族という事でしょうな、とプリンを運んできたマスターが、やっぱり優しそうな笑みを浮かべる。そして雷雅の前にもプリンを置く。プリンに絞った生クリームにサクランボが乗っている。
「神影さん、サクランボ好きですか?」
雷雅の問いに
「キミと同じで見た目が好きだ」
と、サクランボの軸をつまみながらひなたが答える。それを無視して
「話は戻りますが、あの請求書、僕を騙すつもりでしたね? 僕は雇用契約、断れますよね?」
と雷雅が畳みかける。
「ふん、自分で聞いといて無視するなんて可愛くないぞ――ま、断ってもいいよ。でも、その場合、命の保証はないぞ」
「命の保証?」
「さっきの災厄魂、キミを陽の一族と認識したはずだ。災厄魂はすべての災厄魂がひとつの意識を共有している。キミは今後、災厄魂、あんな小物じゃなくって、もっと大物に狙われることになる」
「えっ?」
ちょっと待ってよ、と雷雅がまたまた蒼褪める。
「僕が狙われる、付きまとわれるってこと? あんなのに? あんなのよりもっと凄いのに? それに母さんは? 母さんも狙われるんじゃ?」
「キミのお母さんは結婚して一度苗字が変わっている。そのとき陽の一族から除外されていて、
「神影さんは守ってくれない?」
「まぁ、たまたまそこに居合わせれば助けないこともないが、基本的にはないな」
「だって、陽の一族を守るために影の一族はいるって言ったじゃないか」
「陽と影が協力体制にあっての話だ。協力しないヤツを誰が守るか。こっちだって命がけになるんだ」
「命がけ……」
「蒼褪めるな。すぐに蒼褪める臆病者、それ以上、蒼褪めると貧血起こすぞ――自分で自分を守れないんだから、わたしの言うことを聞いて契約しておけ」
「そうだ、見つけた権利って?」
「うん、キミと契約する権利だ。わたしと契約しなければ、影の一族は誰もおまえと契約できない。ライガ、おまえは厄災魂の餌食となって朽ち果てる運命だな」
「そんな――」
「だいたい、なにがそんなに嫌なんだ?」
「嫌って言うか、わけわかんなくて――本当にサインしちゃっていいのかな、って」
「ふぅーーん」
ホイップクリームを
「まぁ、そりゃそうか――とりあえず、プリン食えよ。せっかくマスターが出してくれたんだ」
「うん……」
プリンを食べ始めた雷雅の瞳から涙が零れ始める。悪夢にしたって酷過ぎる。夢にしてはリアル過ぎるのに、内容がちっともリアルじゃない。しかもこれは実は夢じゃない。なんで僕がこんな目にあうんだ?
「わたしはね、物心つく前から影が操れた」
食べ終わったひなたが語る。
「病弱という事にして、屋敷から出して貰えなかった。影を操るという事がどういうことか、操れるのは一握りの人間だけで隠さなくてはいけないという事、そんなことが理解できるまで、一族以外の他人と交流したことがない」
学校に行ったのは中学からだ。小学校に行ったことになっているが、例のコネを使っての書類操作だ。
「同級生が馬鹿に見えたよ。彼らの多くは背負っているものがなかった。自分の将来をどう切り開くか、そんな悩みがほとんどだった。だがわたしは違う、災厄魂と戦うことが
マスターがコーヒーのお替りをお持ちしましょう、と再度席を立つ。
「生まれた時から災厄魂を知り、自分の役目を知っているわたしと違い、ライガ、キミはたった今、知ったばかりだもんな。戸惑うのも無理はないよね」
ずっと高圧的だったひなたの声が少しだけ優しさを帯びて聞こえる。それがますます雷雅の心を震わせる。
「何しろ一人になるのは危険だ。今夜はマスターの部屋に泊めて貰って一晩ゆっくり考えるといい――明日は土曜だから学校はお休みだよね?」
その問いに雷雅が頷く。と――
チリン――喫茶室『陽だまり』に誰かが入ってきたようだ。ドアベルが綺麗な音を立てた。
「やぁ、マスター。ひなた、いるか?」
聞こえてきたのは男の声だった。反射的に雷雅が振り返ると、衝立の向こうをカウンターに向かって歩く男が見えた。ぼさぼさの髪、無精ひげ、背が高く190cmは軽くありそうだ。
「コーちゃん!」
ひなたが嬉しそうに叫んだ。
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