ぬえ
大橋 知誉
ぬえ
少年がそれと出会ったのは山の中だった。
それは少年の前に立っていた。
それは伝承の生き物「ぬえ」だった。
顔が猿、胴体は狸、脚が虎で尻尾が蛇の姿をしていた。
驚いた少年が見つめているうちにぬえの顔がどんどん大きくなり、そのまま少年を飲み込んでしまった。
気が付くと少年は山の中に倒れていた。
自分が何者なのか思い出せなかった。
ぬえに会ったことは記憶していた。
何かおかしな夢を見たようだったが思い出せなかった。
少年は恐怖を感じて側にあった洞穴に身を隠し震えて過ごした。
そして夜になると少年はぬえになっていた。
ぬえの身体になると、誰かが自分を呼んでいるような気がしてきた。
それは山のずっと向こうから感じられた。
少年はぬえの身体を操って風のように走り山を下った。
山の下には大きなお屋敷があった。
お屋敷の中央には見事な池があり、月明かりを反射して輝いていた。
少年はその池にどこか見覚えがあり近くに行って眺めたいと思った。
そして池のほとりへと足を進めた。
池は美しかった。
少年はぬえの姿のまま、ゆっくりと池の周りを歩いた。
すると、ひとりの少女に出くわしてしまった。
少女の着物は上等で、身分の高さが窺い知れた。
そのあまりに美しい姿に少年は胸を打たれて自然と人間の姿に戻っていた。
少女は少年の姿を見ると、驚いて駆け寄って来た。
「アゼなの? いったい何年もどこへ行っていたの?」
少女は少年を見知っているようだった。
少年はこの美しい少女に見覚えがあるような気もしたが思い出せなかった。
アゼという名も、自分のものなのかあやふやな気持ちだった。
そこへ慌ただしく鎧兜の男たちが集まって来た。
「姫様! 何事でしょうか」
その中の一人が弓矢を構えながら近づいて来た。
少年は動揺し再びぬえの姿になった。
鎧の男たちは驚き武器を構えた。
「これはアゼです! 危険はありません」
姫様が男たちに言った。
「何? アゼですと? やはりあの者…奥方様が畦道で拾って来たときから怪しい奴とは思っていましたが…」
「アゼは怪しいものではありません」
凛とした態度で姫様はアゼの前に立ちはだかったが、男たちによって下がらされてしまった。
「姫様! 直ちにこの魔物を仕留めてみせましょう。どうかお下がりください」
「頼政! なりません!」
姫の声むなしく、頼政と呼ばれた男は弓を射った。
矢は一直線に怪物の心臓に突き刺さった。
月夜にアゼを呼ぶ姫様の声が響き渡った。
ぬえ 大橋 知誉 @chiyo_bb
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます