ぼく
新城彗
第1話
許可外児童、それが僕たちに与えられた社会的地位だ。
20年前の8月10日、日本政府は経済の低迷と極度な人口増加を理由に出生管理基本法を施行。人口の管理を始めた。
それ以降、政府の許可なく子供を産むことは禁止された。
この法律の施行は、人道的視点から世界から批判を集めると同時に、日本と同じく経済的困窮に陥っていた各国の注目を集めた。
だが、法律ができたといっても従わない者はおり、非合法の妊娠中絶、許可を得ずに生まれた戸籍を持たない子供の隠匿など多くの社会問題が生まれた。
「おい、ソータ、朝礼の時間だぞ。」
カンタが部屋の扉から顔を出す。
僕ら許可外児童、政府の許可を得ずに生まれた戸籍を持たない子供は政府管理施設に集められ成人するまでそこで共同生活を送る。外部との接触を断たれ、政府による教育を受けるのだ。僕らにとってはこの施設が世界の全てだった。
「今行く!」
施設には厳しいルールがあり、時間厳守もそのひとつだ。
もし1秒でも遅れたら、1日中廊下の1番奥、3畳の和室で反省会だ。
「どうだ、行けそうか?」
急いで廊下に出ると、カンタが顔を寄せ、小声で尋ねてきた。
視線はやらず、前を見たままモゴモゴと答える。
「うん、さっき最後の準備を終わらせたとこだよ」
今夜僕らは施設を抜け出す。
「楽しみだなぁ。なあなあ、やっぱり屋台とかもたくさん出てるのかな」
近くの夏祭りに行くのだ。
僕ら施設の子供は外部との接触を禁じられている。そのため本当の夏祭りというやつにも行かせてもらったことはなかった。あるのは毎年施設の中で行われるお遊戯会みたいなお祭りだけだ。
だけど今夜、僕らは本物の夏祭りに行く。
屋台でりんご飴を買って、くじ引きをして、お囃子を聞きながら花火を見るのだ。
外の世界はどんなだろうか。僕らが生まれた世界は。
「ふー、セーフ!」
講堂にはすでに殆どの子供達が集まっていた。小走りで列に入っていく。
決められた自分の席に着くと同時に高い鐘の音が響く。長い1日が始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい、急げ急げ!」
施設の塀が予想以上に高く、よじ登るのに時間がかかってしまった。
トイレ裏の人目につきにくいところから抜け出す予定だったが登るには高すぎ足場もなかったため、共同寝室の廊下に面した庭がある側から木をつたって塀を越えることにしたのだ。
「おい、管理官が来てるぞ!」
夜、施設の管理官は廊下を巡回して子供が抜け出していないか監視する。
運悪くそれにかち合ってしまったようだった。
カンタは一足先に塀の向こう側へ出ているが自分はまだ木の上だ。管理官がちらりとでも外を見れば見つかってしまうだろう。
「わかってる!」
塀の上に手を引っ掛けぐっと体を持ち上げる。足が宙に浮き、手と腹で塀に乗っかるようにして体を支える。
管理官はまだ気づいていない。
足をかけ、体を持ち上げる。そのまま塀の向こう側へ飛び越えるように体を投げ出す。
僕は塀をずり落ちるようにして外の世界に足をつけた。
気づかれなかっただろうか。2人して耳をすます。
塀の内側に人の気配はない。上手くいったようだった。
「よっしゃ!」
カンタは満面の笑みを浮かべている。多分僕もそうだろう。
僕らは暗い街灯が照らす路地を、お囃子が聞こえる方へ駆けていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
無数の提灯が連なり、祭りの奥へと続く道を示していた。両脇には色とりどりの派手な看板の屋台が並び、坊主にタオルを巻いたおじさんがヘラを振るい、金髪のお姉さんが大きな綿菓子を作っていた。
屋台の隙間では祭りの熱に浮かされた大人がビール片手に笑い合い、その隙間を同い年くらいの子供達がすり抜けるように走り回っていた。
施設とは全てが違った。
「これが、外…」
そう呟いたカンタの顔は呆然としていた。熱気に圧倒されたようだった。
人の多さ、賑やかさ、老若男女が入り混じった活気、全てが新鮮だった。
「あっ、りんご飴!」
カンタはそう言って一目散に駆け出した。
カンタは僕より背が高い。僕にはまだ見えないが、道の奥の方にリンゴ飴の看板を見たのだろう。
「ちょっと、待ってよー」
追い縋る僕の声は聞こえてないようだった。
こういう時のカンタは野生的だ。感情のままに、考えるよりも早く体が動く。
「早く来いって」
ぶっきらぼうな声が返ってきた。
そのままカンタはずんずんと人混みをすり抜けていく。あっという間に背中が見えなくなった。
りんご飴の看板はまだ見えない。もっと先なのだろう。そう考えた僕もずんずんと人混みに分け入っていった。
「ここは…」
人混みから絞り出されるように抜け出すと、そこは屋台の切れ目だった。 むわっとした熱気と煌びやかな世界はそこで途絶えており、火照った体を冷ます人たちがぽつりぽつりとベンチや道路脇に座り込んでいた。
一通り見回してみる。
僕は完全に迷っていた。
前にも後ろにもカンタの姿はない。
ひとりぼっちというのは寂しいものだ。
隣にカンタがいた時の興奮はすっかり冷め切っていた。
カンタはどこにいるのだろう。もしかして施設の管理官が追いかけてきて捕まってしまったのだろうか。そうだとしたら自分も帰ったら大目玉だろう。
いや、それならまだいい。ここは外の世界だ。管理された内の世界ではない。外には"キチンとしていない人間"が沢山いるという風に施設では教えられた。僕らの両親もそんな"キチンとしていない人間"なのだと。
そんなおかしな人と出くわしてしまっていたとしたら。
悪い想像が次々と湧き出してくる。ただはぐれただけだという思いもあるが、それを押し除けるようにして現れる暗い感情は無視できるものではなかった。
「どうしよう。早く探しに行かないと、」
そう思い、再び人でごった返した通りに滑り込もうとした時だった。
「おい、坊主。」
1人の男の声が僕を引き止めた。振り返ると大柄で小太りの男が道端に腰掛けて、じっとこちらを見つめていた。
「お前、管理施設の子供だろう」
間髪入れずにそう言った男の目はとても冷ややかだった。
「なんで…」
僕の口から漏れた一言は、なんでバレたのか、という意味だったのか、なんでそんな目で見られないといけないのか、という意味だったのか、自分でもわからなかった。
外の人間が許可外児童をよく思っていないことは教えられていた。自分たちは政府に従って欲しい子どもを我慢しているのにそれを破った奴らの子供は悠々と生きている、それが許せないのだと。だからこそ、僕ら許可外児童は精一杯政府に尽くさなければいけないのだと、それが管理施設の方針だった。
男と僕の間に漂う緊張感に釣られて、周りの人の視線がこちらに集まり始めた。
「ほら、あの服…」
「管理施設の…」
声をかけてきたおじさんも、周りの人も、僕が着ている服で管理施設の子だと判断しているようだった。
誰も僕を見ない。みんな服をチラリと見て、冷たい視線をよこすか、視線を逸らすか、だった。許可外児童だと、非合法に生まれた子どもだということしか見ていない。
僕ら許可外児童が外の人間にとって忌むべき存在だということは教えられていた。
だがそれはあくまでも一部の人にとってのみだと思っていた。そんな理不尽な感情を子供に向ける大人がそうそういるわけはないと思っていたがそれは過ちだったのだ。
途端、祭りのお囃子は空よりも遠いところへ消えてしまった。提灯の明かりも当たりに漂うソースの焦げた香ばしい匂いも人々の熱気も、溶けるように消えてしまったようだった。
走った。脇目もふらずに屋台の間を一目散に駆けた。
後ろから追い縋る大人たちの怒声がいつまでも追いかけてくるようだった。
途中、人波の中をキョロキョロしながらこちらに歩いてくるカンタの姿を見つけた。あちらも僕に気づくと、笑いながら両手に持ったりんご飴を振った。
「おーい、りんご飴買っといたぜ」
得意そうに声をかけてくるカンタに少しイラつきながら、彼の腕を掴み引っ張る。
「お、おい、どうしたんだよ」
「帰る」
有無を言わせずに引っ張る。もうこれ以上ここにいたくなかった。誰も僕をみてくれない、忌み子だとしか思われない世界から早く逃げ出したかった。
不満たらたらのカンタの傍らで歩く帰り道、施設の真っ白な布団だけが楽しみだった。
ぼく 新城彗 @KeiShinjyo
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