振り向かせたい、その背中-5

 その日の放課後

 周期的に回ってくる掃除当番を終わらせた僕は、駐輪場に向かっていた。


 バイトは明日だし、今日はゆっくり帰れそうだな…


 僕は親からの仕送りと週2回のバイトで生計を立て、ひとり暮らしをしているんだ。


 親元を離れた高校入学当初は、ひとり暮らしなんてしたことも無いし、ご飯もなかなか上手く作れなくて…全てのことが初めて尽くしで、とにかくてんやわんやだった。


 でも、僕は実家に帰ろうとも思わなかったし、それ以上に今の生活が何より幸せで仕方がない。


 Ωなのにβとして生きる事で、すぐにバイトも見つかった、親友も出来た、ひとり暮らしも慣れたもの…そして高校生活も残り1年…


 他の‪α‬やβにとっては当たり前な事も、Ωの僕にとってはある意味、毎日が非日常で全てが挑戦の日々でもある…


 バレたら…終わりなんだ…


 そんな不安や緊張感、焦燥感も僕の心を襲わないかというと嘘になる…バレて全てを失いたくない…そう、あの時のように…


 そんなこんなで駐輪場に着くと、僕の自転車の近くで空を見上げながら佇んでいる男の子が、僕の目に飛び込んできたんだ。


 そう、それは大きな背中でとても小さな背中…山際くんだ…!


 でも…な、何をしているんだろう…

 しかも、僕の自転車の近くでさ…


 それでも、僕の想いはいつもと変わらない。

 彼の背中を振り向かせたい…君を絶対に1人になんかしないから…!


 そして…

「山際くん!」


 僕は、今日2度目の懇親の力を振り絞り、彼の背中に向かって声をかけたんだ。


 僕は目を疑った…

 そう、とうとうこの時が来たんだ…


 彼の大きくて小さな背中がゆっくりと振り返る素振りを見せ、山際くんの顔が僕の顔へ向けられたんだ…


「…遅いぞ…」


「…ふぇっ?!!」


 目標を達成してしまった僕は、呆気に取られてしまい、変な声が出てしまう…でも山際くんはペースを崩さなかった。


「…待った罰だ…」


「な、なな、なんですかぁ…?」


「…お前の自転車の荷台に俺を乗せろ…」


 は、はいっ?!あ、2ケツ??!

 ぬっ?!ええええっ?!!


 なんでだろう、こんなに振り向いてくれて嬉しかったのに、実際に振り返ってもらってからのことなんて、これっぽっちも考えてなかったから言葉が上手く繋がらない…


「…ほら、早く」


「わ、分かった…ちょっと待って…!」


 僕は慌てながら、自転車の鍵をなんとか外すことに成功し、自転車を乗れるところまで運んで行った。


 もちろん、僕の後を山際くんも着いてきてくれている…


 僕はそのままサドルを跨ぎ、片足をペダルに乗せた瞬間…そっと、山際くんが荷台へ横向きに乗り込んできたんだ。


「…こ、漕いでいい…?」


「…ああ」


 その掛け声ともに僕は、いつもより色んな意味で重たいペダルを必死に漕ぎ出したんだ。

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