第17話 あの日の真相
怜奈は昼休みもうちのクラスに、自分が作った弁当を持ってやって来て、一緒に食べると満足げに自分のクラスに戻っていった。
今度からは、僕の分の弁当も作って来てくれるらしい。
わけてもらったおかずはどれも美味しかったし、次が楽しみだ。
そんなこともあり、やがて、放課後がやってきた。
「迎えに来たわよ、新世」
「うん……行こうか」
莉愛と話し合いをする場所は、屋上とのことだった。
本来、屋上は立ち入り禁止の場所で、屋上に続くドアが施錠されているけど、怜奈がピッキングして開けるから大丈夫らしい。何も大丈夫ではないと思うけど……
「椎名さん、ご足労願えるかしら」
「……」
莉愛は、不興顔を怜奈に向けながらも、静かに頷いた。
莉愛のことを今日一日ずっと見ていたわけじゃけど、怜奈が僕の元にやってくる度に、僕は莉愛のことを見ていた。
朝も昼も、僕と怜奈が絡んでいる姿を、莉愛は悔しそうにして見ていた。
何故、自分が浮気をして裏切ったのに、悔しがっていたのかわからない。
その理由も、これからわかるんだろうか。
屋上のドア前につくと、怜奈がヘアピンで鍵を開けた。
あまりにも手慣れた所作に、僕は感心してしまった。
莉愛は特に驚いていなかったけど。
「さて、何から話そうかしらね……」
屋上に出て、怜奈は僕の隣に立つと、腕を組んだ。
「昨日も言った通り、私が浮気していないっていう話をするよ」
僕は莉愛が言った言葉の意味が理解できなかった。
浮気していない? 何を言っているんだ?
白昼堂々としてたじゃないか!
というか、昨日も言った通りって……
怜奈は莉愛から、すでに何か聞いているのか?
怜奈と目を合わせると、怜奈は「どうせ、嘘よ」と言い切った。
「嘘じゃないから。いい? そもそも、あの人と二人っきりでお出かけしたのは、あの日だけなんだから」
「そんなの、一日だけ浮気デートをしたというだけの話よね」
「違う! デートじゃない!」
莉愛は大声をあげて否定するけど、男女が二人きりで手を繋いで出かける行為が、デート以外にあるとは思えない。
「手を繋いで、あんなに楽しそうにしてたのに、デートじゃなかったんだ?」
「手は無理やり繋がれたの」
「無理やりされたのなら、振り解けばよかったじゃない?」
僕が思ったことを、怜奈が代弁する。
「そんなことしたら、気まずくなるでしょ。だから、愛想笑いを浮かべてたの。その最悪なタイミングを、新世がたまたま見ただけ」
そうは言われても、信用できるはずがない。
「新世だって、今朝無理やり怜奈さんにキスされてたでしょ? あんな人前で、本当は嫌だったくせに」
「え……」
「私には、わかるから。新世は困った時、視線をキョロキョロさせるよね。朝もそうだった」
思わぬ反撃を食らった。
「……新世、私とのキス、別に嫌じゃないわよね?」
怜奈はニコリと微笑みかけてくる。目は笑っていないけど。
怜奈とキスをすることが、嫌かどうかで聞かれれば、全然嫌じゃない。
時と場所を考えてくれれば、という条件付きだけど。
カラオケでいきなりキスされた時も、思春期の男子高校生的には美少女からのご褒美以外の何物でもなくて、嫌ではなかったけど、嫌ではなかったんだけど……
「嫌じゃない、です……」
「ふふ、そうよね」
怜奈は嬉しそうに頷いた。
今の僕、目が泳いでいなかったかな。
「新世、言わされてるじゃん」
「何か言ったかしら?」
「……別に……」
このまま、この話題を引っ張られると辛い。
本題に戻さないと。
「じゃ、じゃあ、話を戻すけど……第一、どうして莉愛はあのチャラ男と二人っきりで出かけてたの? そもそも、あいつは誰?」
語気が強くなるのを抑えれない。
つい、怒りが込み上がってくる。
「あの人は、私が昔住んでた家の近所にいた、年上の幼なじみで……今年この近くの大学に進学したから、久しぶりに会っていただけなの」
莉愛は中学の時に、僕らが住む街に引っ越してきた。
あのチャラ男は、以前住んでいた街にいた幼なじみということらしい。
莉愛が話していることを全て信用するなら、だが。
「仮に、椎名さんの今までの発言が全て真実だとして……」
「嘘なんてついてない」
「そう、ならいいけど」
怜奈は僕に目配らせをする。
「……僕が莉愛のことを信用できない理由は、他にもあるんだ」
「他にって……?」
確かに、莉愛が話している通りに、偶然その現場に僕が遭遇してしまっただけという可能性はある。
怜奈と僕の出会い方だって、偶然にしては出来過ぎているんだから。
だけど、僕にとって、莉愛が以前から浮気していただろうと思う根拠がある。
「莉愛が髪を金髪に染めたりし始めたのって、それこそ、その幼なじみがこっちの大学に進学して来た頃だよね?」
莉愛が金髪に染めたり、ピアスをつけるようになったのは、二年生になってからだ。
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「それって……時期的に、あのチャラ男の影響を受けて、莉愛はギャルになったんじゃないの?」
僕にはそうとしか思えない。
あのチャラ男が大学進学と共に、この春こっちに引っ越してきた。
時を同じくして、莉愛がギャルになった。
偶然とは思えない。
「二年生に上がったタイミングで、イメチェンしただけだよ。何も、あの人の影響を受けて、変わったわけじゃない」
「随分と偶然が重なるのね」
「疑ってるようだけど、全部本当のことだから! だいたい、私があの人と再会したのは、つい先週のことだし」
莉愛は、怜奈にくってかかる。
「つい先週再会して、もうデートしたの? 久しぶりに会ったと言う割には、仲がいいのね」
「デートじゃないし、幼なじみって、久しぶりでも仲のいいものでしょ。新世だって、結衣ちゃんと会う時、すごく楽しそうにしてるし」
「え……」
思わぬ反撃を、また食らった気がした。
場の空気が、ピシッと音を立てて、凍った気がしたからだ。
「……新世、結衣って……誰?」
今度は真顔で怜奈が聞いてくる。
「ゆ、結衣は……昔近所に住んでた、ただの幼なじみで……今は海外に住んでるんだけど、たまに日本に帰ってくるから、その度に会ってるだけだよ」
小学生時代に、両親が自宅に不在の時に、近所に住んでいた結衣の家に泊めさせてもらったことがあったぐらいには、家族ぐるみで仲がいい。
「……可愛いの? その子」
「えっ? か、可愛いかどうか?」
「フルネームは天羽結衣って言うんだけどね、めちゃくちゃ可愛いよ。正直、結衣ちゃんがこの高校にいたら、今みたいに双葉さんだけが異常にモテるような状況にはなってなかっただろうね」
莉愛は余計なことを言わないでほしい。
怜奈の額には、青筋が立っていた。
怜奈は明らかに、新たなライバルの登場だと思って、嫉妬している。
僕と結衣は、そんな関係じゃないのに。
怜奈が僕の交友関係について、どれぐらい把握しているか知らない。
少なくとも、中学から一緒だった莉愛よりは把握していないだろう。
そう考えると、新たな女性の登場の度に、怜奈は嫉妬するんだろうか。
「ねえ新世。私と天羽結衣さん、どっちが可愛い?」
「……へ?」
「……どっちが、可愛い?」
怜奈は、若干小声で聞き直してきた。
しょんぼりとして、どこか自信なさげに。
「も、もちろん、怜奈だけど……」
「なら、何も問題はないわね!」
急にいきいきとした怜奈は、大きな胸をドンと張った。
波打つように、豊満な胸がぷるぷると揺れる。
「今の状況で、彼女の方が可愛いって言わない男はいないよ。双葉さんって、結構単純なんだね」
「悪いのかしら? 好きな男に可愛いって言われて、素直に喜ぶことが」
「……悪いよ。私から、新世を奪っておいて……」
莉愛は、憂を帯びた眼差しを向けてきた。
じりじりと、僕に歩み寄ってくる。
「新世……私が言ったことが全て事実だとわかったら、私のところに戻ってきてくれるよね?」
「え、それは……」
今のところ、僕は莉愛が言った発言の全てが嘘だと思っている。
何故なら、あまりにも莉愛にとって都合が良すぎる話ばかりだからだ。
話の裏が取れない以上、信用することはできないし、信用できるわけがない。
「もし幼なじみのことが本当なら、どうして莉愛は僕に事前に言ってくれなかったの? 僕は結衣と二人っきりで会う前に、莉愛にも毎回説明していたよね? 変な誤解が生まれないように」
僕は以前、結衣と会う時は、事前に莉愛に話を通していた。
莉愛もたまに結衣と会って、仲良く買い物をしていたりもした。
なのに、莉愛は何故僕に、幼なじみとのことを事前に報告してくれなかったのか。
何かやましいことがあるからに思えて仕方ない。
「そんなの、新世に説明するのを忘れてただけだから」
「いや、忘れるなよ……」
忘れただけだと言われたら、何も言い返せない。
意図的だったかどうか、僕にはわからないし。
「そうだ。私が浮気していなかったって、簡単に証明できる方法はあるよ」
「え……?」
「要するに、私が彼に好意がなかったって、証明できればいいんでしょ」
「どうやって証明するつもりなの?」
「彼に、二度と私に連絡を取ってこないように言う。今回だって、彼が人伝に私の連絡先を聞いて、向こうが一方的に会おうって連絡してきたのが発端なんだから」
「そんなことしても、あの日、莉愛たちがどういう気持ちで会っていたかわからない限り、意味ないよ」
肝心なのは、あの日二人がどういう気持ちで会っていたかだ。
莉愛が、僕に対して後ろめたい気持ちを抱いていたのなら、浮気の可能性は高い。
そして、無理やり手を繋いできたり、一方的に会おうと言ってきたあたり、チャラ男は莉愛に対して好意があったんだろう。
どちらにも好意がなかったのなら、簡単に浮気じゃないと判断できたけど。
結局、莉愛のことを僕が信じるかどうかの話になる。
そして、僕は浮気していただろう莉愛を、信じることはできない。
「そんなこと言われたら、私にはどうしようもないじゃん。確かに、新世が浮気だと思うようなことをしたのは、私が悪い。新世に浮気だと判断されても仕方ない。だからって、私の話を全部信じてくれないのは、酷いよ……」
途中から、莉愛はポロポロと涙を流していた。
僕は今まで、莉愛が泣いたところを見たことがなかった。
「新世……お願い……私のことを信じてよ……」
「……っ」
演技とは思えなく、僕には、莉愛が言っていることの全てが真実だと思えてしまった。
浮気かどうか、相手がどう感じたかで話は決まる。
異性と手を繋いだら浮気に入るかどうか、その判断は人によって違うだろう。
莉愛がチャラ男と手を繋いで歩いていたから、僕は浮気だと判断した。
でも、手を繋いでいたのは無理やりされたことで、会うことを内緒にしていたのではなく、僕への報告を忘れていただけだった。
莉愛が招いた事態ではあるけど、僕にも非がある。
何故なら、僕はあの時莉愛の話を聞かずに、その後に怜奈と関係を持ってしまったからだ。
僕が莉愛から逃げずに、ちゃんと話を聞いていれば、タイミング的には怜奈と関係を持つことにはならなかった。
莉愛と、別れることにはならなかった……
「……わかった、信じるよ」
「だったら、私とヨリを戻してよ」
「それは……できないよ。僕はもう、怜奈と付き合ってるから……」
「そんな……」
僕はこの時はじめて、自分が取り返しのつかないことをしたと悟った。
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